雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「ローレンツたちの夏休み」

『秘密』仲間候補のヨーコちゃんですが、薪さんを「牧さん」と誤変換してました。やっぱ一般人だ……。

でもつい先日、仕事でJAXAの見学に行ったそうです。『秘密』の話が出た延長線上でJAXAを振ってくるあたり、見所あるんだけどな。1月の職場でのJAXAの同級生の講演、ビデオがあるから見せてやろう。

 

 

さて命日前にくだらない鈴薪話を。

2045年7月後半。東大教養学部1年生、最初の夏休みを控えた時期。天才薪さんが鈴木さんとふたりで、旅行?の計画??について話しています。20190412「琥珀色の春休み」に出てきた、コロンビア大学の件についてのおはなしです。 海の妄想とかしてたはずなのにどこ行った

 

勉強の話しかしてません。「コロンビア大学で講演した」というエピソードをあちこちで出してしまったので一度書いておこうと思ったのですが、本当に勉強「だけ」の話になってしまいました(研究内容は適当ですので話半分で聞いてください)。博士号を含めた学歴については『ナショジオ』にまとめてあります。

供養としてあげてしまいますが我ながらさすがに誰も読まんだろうな、という自覚はあります。

 

この流れの時系列としては1年生のこの話がいちばん最初、それから2年生になる前の春休み、それから連休にモントレー湾のラッコを見ます。

このあと、講義終了後にセントラルパークで遊ぶベタなおはなしを書きたいのですが、いまのところネタはまったくありません。

 

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ローレンツたちの夏休み

 

 「夏休みの予定、なにか決まってることある?」

 前期試験の直前だった。難関大学最初の洗礼を受けようとしていた1年生たちのざわついた空気の中でも、そのあとに控えた学生ならではの特別な自由時間の予感は、教養学部の若者たちをいやが応にも浮き立たせる。

 鈴木がきくと薪はハッとした表情で顔をあげた。

 「悪い、言うの忘れてた。コロンビア大学で講義がある」

 読んでいた本から視線を友人に移す。「ローレンツ基金が費用全部もつっていうから」

 「おまえ動物好きだっけ」

 「コンラートじゃない、ヘンドリックのほう」

 「線形変換の講義か」

 「実はまだ細かく考えてない」

 「いつからだよ」

 「あっちの新学期直前の特別講義だから、8月末かな」

 「盆休みのこと考えたらすぐだろ。まだ決めてないなんて、今から申し込めるのか?」

 「レジスターはすんでる」

 「?」

 「??」

 「……何の講義?」

 「詳細はこれから考えるとして、基金の性質から言って慣性系の話だから、地球周回軌道に載せるためのロケットと、火星まで飛んでいくやつの違いあたりからがいいんじゃないかと」

 「カセイって隣の惑星のことか」

 「技術協力したんだ」

 「薪」

 鈴木は会話がかみあっていないことに気づき始めた。「講義って、受けるほうじゃないのか」

 「呼ばれたんだよ。なんかやってくれって」

 「……あっちから?」

 「去年の5月にプリンストンに行ってた時に知り合った研究員でコロンビア大学から出向してた教授がいて、そのとき「予算を申請しておくから来年の夏に来い」って言われたんだ」

 「プリンストンでなにやってたんだ」

 「博士号の審査会」

 「京大でとったんじゃないの?」

 「2個とった」

 「――ええと……なに博士」

 「理学」

 「それが、京都じゃなくて東海岸のほうだな」

 「うん。『セル』に通った論文の審査会があったんだよ。審査会っていっても実際にはタダで講演させようって魂胆が見えてたけど」

 「どんな研究してたんだ」

 「京大の院で脳細胞を調べてたときに、離れた細胞間の情報伝達が通信を繰り返すたびに速くなることがわかったんだ。ステゴザウルスが鈍くさかったっていう説を復活させて、この遠隔伝達スピードの話をこじつけて「恐竜の名誉回復をはかる」ってタイトルで講義したら、無事ウケた」

 「そいつがどのへんから火星になるんだ」

 「通信状態を変化させるために細胞全体に均一に電圧をかける技術を開発したら、それが金属にも応用できるっていうんで、プラズマ塗装の研究してるバークレーの教授に特許を貸した。それが高速飛行物体に使われてる」

 薪の喋り方はだんだんと、簡潔すぎてわかりにくい取説のようになってきた。こいつほんとにどうして法学部に来たのかな、と事情を知っていても鈴木は、改めて目の前の友人の非凡というよりは一周回って変人に近い来し方に、驚くと同時になかば呆れ返った。

 「で、今回その縁で、動物行動学じゃなくて物理学のほうのローレンツ基金てやつを使って、あと4週間したら教えに行く、ってことか」

 「そう」

 あまりにあっさり肯定するので、返すことばを失いそうになる。

 「今までそんな海外の話、全然したことなかったよな」

 「機会がなかったのと、忘れてたんだよ」

 さては博士号を取ったこと自体を失念してたんだな、と鈴木は思った。

 「大学に入ってから3か月以上たってんだぞ。四六時中俺と一緒にいるくせに、「忘れてた」?」

 「だから悪いって最初に言っただろ。おまえのぶんも申請しておいた」

 「……なんだって?」

 「それを言うのを忘れてたんだ」

 「基金が全部もつっていうのはもしかして」

 「僕じゃない、おまえの費用だよ。僕は呼ばれて行くんだ、大学が出すに決まってるだろ」

 「あ。そう」

 まだ変換の途中だった鈴木としては、そう言う以外になかった。「でも俺、慣性系なんか全然わかんねーよ」

 「講義は関わる必要ないよ、1日2コマで午前中だけ3日間だから、セントラル・パークで遊ぶか、もぐりこんで法学の特別講義でも受けてろ」

 「じゃあなんで俺のぶんまで申請したんだ」

 「午後は暇だし、スライド作るのがめんどくさくて」

 薪はいけしゃあしゃあと言った。

 「俺にやらせようっていうのか」

 「画像貼るだけだから。定理と公式は僕が書く」

 「当たり前だ」

 「それに講義は3日間だけど、滞在費用は6泊ぶん出る」

 「マジ?」

 「学内の古いホテルだけどアッパーウェストサイドだぞ」

 「……行く」

 「スライドは」

 「作る。画像でもなんでも貼る」

 スライドが1000枚を超えることを知らずに鈴木は即答した。

 こうして彼は、150年も前にそこで教えたノーベル物理学賞受賞者のおかげで、大学最初の夏休みを、天才の親友にくっついてニューヨークまで遊びに行くことになった。

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