こんばんは。
今日からかかりつけが休診です。たぶん日本全国の保護猫ボランティアが戦々恐々としているこの長い連休。
猫宇野さん(下)と猫岡部さん(右)は昨日より元気です。獣医の帰郷までなんとしても乗り切ります。
メロディでひっかかったとこ追加。
「おまえ光を里子に迎えろ」って薪さんが言ったとき、あの上目遣いの視線と相まって、「おまえ結婚しろ」を思い出しましてね。
一瞬、あ、青木とうとうフラれた。と思いました。
※ 青木の何かがデカイとかそれに感動したとかと許容できるかどうかは別の話です
さておはなしをあげます。青木のがたまってるんですけど(←言い方ヤダ)まだ全然気分じゃない。ので鈴薪を。
2046年GWの改元連休(令和の終わりです国賊みたいなことしてほんとすみません)。現地時間で5月3日くらいかな。薪さん鈴木さんともに東大教養学部2年生の19歳です。
テーマはずばり、
大好きな薪を守ってあげたい
BON子さんとこ(20190424)で発表?されたこのラピュタ由来のフレーズ、ツボってしまって……こちらのブログのことはご存知ないと思いますが勝手に使わせていただきます、いつかバレたらごめんなさい。
青木が頼りにならないので(おまえデレて逆に薪さんに守られてんじゃねーよ クチの悪い素が出てしまった)、わたしが 鈴木さんが薪さんをお守りします。
拙稿「琥珀色の春休み」(20190412)でふたりが話していたカリフォルニア行き、薪さんがUCバークレーでの集中講義のために招聘されて、鈴木さんを同伴したおはなしです。
前稿も相当シュミに走り過ぎでしたが、今回はそれに輪をかけてヒドイ。ので同じくここにあげます。
作中のジェン(仮名)は実在の人物で、ツレの義理の姉です。
折りたたみのあと、長めです。タイトルは文中に出てくるカール・セーガンさんの原著のタイトル、「暗い青い点」より。
(引用:セーガン(1998)『惑星へ』朝日新聞社)
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PALE BLUE DOT
バークレーの街並みを越えてサンフランシスコ湾を見下ろす贅沢な立地の屋敷は、比較的古い住宅街にあった。敷地はあまり広くなかったが、それは西海岸に住む富豪の基準で考えるからであり、男性ふたりを招待して簡単に泊められる程度の余裕は客間の数だけでもじゅうぶんあった。
「2年程度じゃ変わらないだろうと思ったけど」
ジェン・リー・チャンは2代前の祖先が軍政台湾から来た難民で、自身はカリフォルニア大学バークレー校の教授だった。薪とは、彼が京大の大学院を修了したあとここへ講演に呼ばれて以来の付き合いだという。
「別人みたいになってて驚いた」
「そうでしょうね。1年の付き合いの俺でもそう感じます」
鈴木はジェンが出してくれたナパのソーヴィニヨン・ブランをまだ高い午後の太陽にかざして、透ける輝きにため息をついた。「この色の薄い液体の中に、水と空気と土壌の歴史を詰め込んで、こんな芳醇な物語が見出せるなんて」
「マキみたいでしょう」
「ええ」
噂の本人はジェンの夫のジョージと、陽の当たらないウッドデッキで何か議論を交わしていた。譲治は本人が日本からの移民だったので、すでに怪しくなった日本語で難しい話のできる相手の訪問を歓迎した。
鈴木は薪のようすを気にしていた。UCバークレーでの3日間の集中講義が終わったのは昨日で、不在中でも家を使ってよいと言ってくれていた宿主夫妻は、ジェンの清華大学での講演からその午後の便で帰ってきたばかりだった。全員が疲れていたため、軽い夕食とあいさつと近況報告程度でみなが眠りにつき、今日は日が高くなって起き出した。少なくともそういうことにしていた。
普段の規則正しい生活がここでは仇となり、鈴木はわずかな時差ボケがアメリカ滞在6日目となる今日に至ってもまだ残っていた。深夜にベッドに入っても日本では夕方の4時、自分が講義を担当しているわけではないし、疲労の度合いだって違う。昨夜は持ってきた文庫本を読んでいたら、依頼された仕事が終了して泥のように眠っているとばかり思っていた薪が、ノックもせずに青白い顔をして入ってきた。
「どうした」
「ここで寝かせてくれ」
返事も待たずに、アメリカンサイズの特大のシーツのあいだに潜り込んでくる。「肌が苦しくてよく眠れない」
カリフォルニアの水と乾燥した空気が合わないんだな、と好きにさせた。そうでなくても毎晩、準備のためにここに来て深夜までソファで勉強し、そのまま寝落ちしていたのだ。パブリック・アイビーの爛々とした目の学生たちを相手にするのは、さすがの薪にとっても、東大の新入生相手の短い講義と同じというわけにはいかなかったらしい。
丸くなってすぐに規則的な寝息が聞こえてきたので油断していたら、ページをめくった音に反応して寝ぼけた声が喋った。「何読んでる」
「セーガン」
「のなに」
「『惑星へ』」
「おもしろい?」
「すごく」
「音読してくれ」
「寝ろよ」
「音読してくれ」
「おまえんちの書庫からとってきた本だぞ」
「さっさと読めよ」
鈴木は押し問答をやめて声を出した。
「――もう一度、あの点を見てほしい。そこに現にあり、私たちのふるさとであり、私たちそのものであるあの点を。あなたの愛する人も、あなたの知っている人も、あなたが伝え聞いたことのある人も、そして、かつてそこにいたすべての人も、みな、そこで人生を送ったのである。……
……私たちの心構え、私たち自身が重要であるという思い込み、そして、宇宙のなかで私たちは特別な存在であるという錯覚は、この暗い光の点によって、見直しを迫られている。私たちの惑星は、果てしない宇宙のなかの、孤独な点でしかない。その存在のかすかさと、宇宙の広大さを考えれば、私たちを私たち自身から救ってくれるものが、どこか別のところから来るなどとは、望みようもない」
薪が身動きしてゆっくりと大きく息を吐いた。落ち着いたな、と月光の中に寝顔を見下ろすと、微かにきらりと光ったものがあった。
「おい」
驚いて揺り起こす。薪は黙って泣いていた。
「僕にはおまえが来た」
「薪――」
「今回のこと、言うのを忘れてて悪かった」
「――は?」
「去年の5月の、あのプールでのことも」
「……」
「あのとき死んだかもしれないのに。おまえを「かつてそこにいた人」にするところだった」
「みんないずれそうなるよ」
「でもそれは去年のはずじゃなかった」
「俺は死ななかっただろ」
「でもそうなったかもしれなかった」
「あのな」
薪を抱き起こすと顔を上げさせて、まなじりにはらはらと溢れ出る涙を指ですくった。「帰国して、疲れてなくて、湿ってる日本の空気の中で、もう一回考えてみろ」
「……なんで」
「おまえいま、ところどころ英語が混ざってたぞ」
「嘘だろ」
「ほんと。あと1個だけロシア語も」
その呆然とした顔を見て、鈴木はヘッドボード側に枕とクッションを積み上げ、起こしていた体を少し楽にすると、薪を横抱きに抱き寄せて頭をなでてやった。「続きを読んでやるから、黙って寝ろ」
「……うん」
あとはおとなしくなり、文庫が手を滑り落ちて気づかないまま朝を通り過ぎる頃には、薪は自分の寝室に戻っていた。遅いブランチへの誘いにジェンがドアを叩いたのは、もう昼近くのことだった。
「カツヒロはマキのことが心配なんだね」
やっぱりマキなんだなあ、とどこへ行っても上の名前で呼ばれるのを少し不思議に感じる。
「ええ」
「なにか危険なことがあった?」
「なぜそんなことを聞くんですか」
「マキは否定してたけど」
「危険なことが起こるって、どうして思うんですか」
「聞いてないんだね」
ジェンは少し驚いていた。「起こるとしたらわたしのせいなんだけど」
彼女はプラズマ塗装の新技術で得た特許を売却するように、兵器産業や軍そのものに何度か圧力をかけられているという。「マキは研究協力者なの。名前だけだけど」
「あいつが? 軍事技術の?」
「それは応用で、根幹は塗装されるものと一体化して絶対に剥離しないってこと。宇宙船やロケットに使うんだけど、当然ミサイルにも使えるし」
「あいつの専門は細胞とか脳とか、生体だと理解してましたが」
「細胞に均一に電圧をかけるための技術を彼が持っててね。金属にも応用できるの」
「――あなたはもう3回もノーベル化学賞の候補になってると聞いてます」
「これだけ受賞を逃してたらもうないね。それに半年前のテロのこともあって、ペンタゴンに売ってもいいかなあって最近思い始めたところ」
鈴木は今回の派遣のからくりがわかった気がした。
「それでここに呼んだんですね」
「去年の夏、阪大に講演で呼ばれたんで連絡をとったら、初めてできた友達を死なせるところだったって」
「軍需産業とは関係ありません」
「マキもそう言ったけど、わたしは確信が持てなくて。知人を巻き込むなら、権力と闘うことに意味があるのかって思い始めてたの。そこへあのテロ攻撃でしょう」
ジェンが客のグラスにナパをついだ。「わたしの容疑は晴れた?」
「え」
「兵器産業って聞いて、すごい目で睨んでたよ」
「俺に言い訳する必要はないでしょう」
「でもいまふたりは法学部だっていうし、あなたに詳細を知らせずに書類にサインしてる姿を見せたら、もめるんじゃないかって予感がしたから」
鈴木にはまだわからなかった。
「だったら書類の交換だけしてればよかったんだ。俺なんか同伴させないで」
「マキが友達と旅行したい、って。日本では滅多にない長い休みなんでしょ」
つまり彼女の、テロを経た心変わりと自分に対する懸念をうまく利用して、あいつはほんとに「カリフォルニア旅行をプレゼント」してくれたんだな、と鈴木は納得した。
「カツヒロはマキのことが心配なんだね」
二度言われて、この人も同じ思いなんだと気づいた。
「ええ」
「他にも何かあった?」
「聞いてませんか」
「ご家族を亡くしたって」
「それもあなたの特許とは無関係ですよ」
「どうやらそのようね」
ジェンはやっと了解したらしかった。「あなたみたいな友達ができるとは思ってもみなかった」
「2年前のあいつはどんなだったんですか」
「「研究者」だね。でもなにかに傷ついた子供だった。周りにはおとなしかいなかったのに、誰も彼を守ろうとしてなかった」
「これからは俺がいます」
「それはもうわかったけど、今度はあなたが心配」
科学者でありながら政治と金に翻弄されてきたであろう聡明な女性は、昨日顔を合わせたばかりの若い日本人を、もう古い知り合いであるかのごとく扱った。「マキを取り巻く現実は、本人が自覚していない程度より、たぶんこれからもずっと厳しくなる。本当に彼を守りたかったら、一歩引くか、彼のためにすべてを投げ出すか、どちらかになるよ、きっと」
鈴木はちょっと心外だった。
「俺にまだその覚悟がないように見えますか」
「あるように見えるから心配なの」
「俺が何者なのかも知らないでしょう」
「わたしが心配してるのはあなたと同じで、マキのこと。あなたに何かあったらマキが悲しむ」
「そうですね。俺が心配なのもそこだけです」
「でもマキは」
ジェンは目を細めて、自分が知らない言語で夫と話している研究協力者を見つめた。「幸せそう。見たことのない表情をしてる。今回あんな顔を見なかったら、彼が幸せになる日が来るなんて信じられなかったかも」
夕食に出かけましょう、とジェンが席を立った。科学者の夫と論客が呼ばれて顔をあげた。あの人もいまだに大学に籍があるのに、わたしに好きに研究させるためにガソリンスタンドの店主なんかやっててね、と彼女は言った。
「だからノーベル賞をもらうことがあったら、夫のおかげだったの」
「惜しかったですね」
「全然。どのみちわたしの研究は科学の歴史に残るし、これ以上忙しくなったら失うものも出てくるし」
極東から招いた友人と笑い合う連れ合いを見つめる目は愛おしげだった。「わたしには彼がいないとダメなの」
「薪には俺がいますよ、これからは。ずっと」
人間が特別な存在であるということが錯覚だとしても、ひとりひとりにとっての誰かは違う。俺が先に死んだらきっと、薪はいつか今日のことも思い出すだろう。そのときにあいつが悲しまないといい。苦しまないといい。特別だったのはあいつにとっての俺じゃなくて、逆だったと、その頃までにはちゃんと意識してくれるだろうか。
「まだ残ってるのか」
薪が入ってきて鈴木に聞いた。「時差ボケ」
「おまえは元気そうだな」
「ゆうべ熟睡できたおかげで生き返った」
「夕食、ちょっと早くないか」
「モントレー湾までドライブするってよ。夕方に差し掛かるんで3時間くらいかかるかも」
「なんでそんな遠くまで」
「野生のラッコが見られるんだ」
「ラッコ?」
「かわいいんだぞ。流されないようにコンブをからだに巻きつけて、手を繋いで眠るんだ」
「薪」
鈴木は付き合いの短い親友に、まだまだ知らないことがあるのを発見した。「おまえがラッコを見たいのか」
「おまえは見たくないのか」
薪がさも意外そうに言う。
「見たい」
「もう出るぞ」
差し出された手を取ってソファから立ち上がる。そうだこれは旅行で、プレゼントだった。
人間が特別な存在でないとしても、ひとりひとりにとっての誰かは違う。この孤独な暗い点の上で、俺たちは一緒に人生を送る。太陽系の縁からボイジャーが振り返って見たときの、他の何とも見分けのつかない、もう手の届かない、二度と帰れない、遠い遠い故郷の上で、奇跡のように重なった人生を送る。
俺が先に死んだら薪はきっと、今日一緒に夕日の中で、寝支度を整えるラッコを見たことも思い出すだろう。暗い青い点の上で、つながって眠る海獣を、ふたりで見たことを思い出すだろう。
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