雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

「絶えて桜のなかりせば」

 

こんばんは。

カナダ側のせいで、寝る前夜中にメールを確認して返信して、朝起きたらメールを確認して返信して、という日々を繰り返しています。時差の関係で、勤務時間の短い先方をせっつくためには午前1時から8時までが勝負時間だから。先方がしっかりしてればやらんでいい仕事ばっかりしてる。

こまごまとした近況がいろいろあったんですが、いざ書こうとするとぜんぶくだらなく思えちゃって。ということで写真を貼ってみます。

 

先週の平日はまだ昼間の気温は1桁台、夜はマイナスだったのに、週末一気に暖かくなりました。

日曜日の城址公園。東北にありがちな(よそも同じであろうか)、土台だけ残ってる山城やお堀のある平城の、いまは市民の憩いの場になってるやつです。桜が満開でした。

 

同じ日曜日のダム湖は五分咲きで、まだ蕾が目立ってた。

雪解け水が一気に流れ込んだか、放水してました。立入禁止区域ではありません、念のため。

 

金曜日につぼみだった職場の白木蓮、月曜日に出勤したら満開でした。

 

3G回線終了の月曜日、ソフトバンクへ。

3年くらい前から「3Gが終わるからスマホにしなさい」という連絡が来ていて、無視してたら案の定「4Gガラケー」なるものが登場したので、それに交換してきました。ネット契約もしなかったので、相変わらず電話とショートメールだけの月額基本料金1080円。電話代は月々だいたい数百円程度。

アシモもどきの、ペッパーくん??が、なにも仕事してないんだけど、視線を向けるといちいち反応してこっちを見つめるのがかわいかったです。

 

月曜日のダム湖。前日半開だったのに、1日で満開になってました。短いけどトンネルみたいに両脇を囲まれた並木道があります。

 

で、この日の夜、前触れもなく突然腰が痛くなり、翌朝起きて仕事に行ったら駐車場から歩いてる途中で動けなくなり、すごすごとゆっくり帰ってきました。

ぎっくり腰だよ! もともと腰は弱いほうなんですが、念のため外科に行ったけどレントゲンとMRIでも特に悪化してる所見はなし。MRIと言われるとつい「お願いします」と言ってしまい、毎回あの爆音の中で爆睡するんですが、今回ばかりは腰が痛くて体を伸ばせず安眠できず、うとうとしかしませんでした。

 

とにかく50年間無視し続けた桜の美しさに去年目覚めたばかりなのに、業平の気分でそわそわ待ってたのに、満開になったとたん腰ゆわすって、どういうことだよ! タイミング悪すぎるだろ(※そんなことはないです、来週だったらGWの旅行がだめになってたし、再来週だったらカナダからの団体を接客できなくなってた)。

と暴れたい気持ちを薪さんに託しました。アップするのもためらわれる雑文ですが、ためらいながらアップしますすみません。

 

いままでに書いた桜の話をまとめておきます。

「時の翼にのって」:お花見のリレー小説。と勝手に書かせていただいたその後日談。

SS「春季前線」:春が来て地味にわくわくしてる薪さん。

SS「桜流し」:鈴薪

 

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絶えて桜のなかりせば

 

 専属看護師の岡部が、なにか苦情を言いたそうな薪を引きずるように運び入れ、「俺は忙しいんですよ、あんたの世話は手間がかかるし、俺の手には負えないし」と言って帰っていった。そのあっさりとした退散を警戒した薪は、ゆえに青木から連絡があったときには、すぐに「来るな」と十回ばかりも繰り返して同じメッセージを送った。もちろん青木はそれでもやってきたし、そうなるのはわかっていた。

 「おまえがいたって遊べない」

 「遊びに来たんじゃありませんよ」

 「一緒にいるのに何もできないなんてかえってイライラする」

 「じゃあ俺は空気みたいにいないものと思ってください」

 「空気はがんとしてそこにあるし、存在感としてはおまえなんかよりずっと重要だ」

 いつもはたいてい、予兆があった。腰にちょっとした違和感を感じたり、何かの拍子に捻ったような感覚があったり。そうであればそこで猫のポーズや犬のポーズをしてからだをほぐし、本格的に痛めないような予防をするのだ。それでたいていはやり過ごせていた。ところが今回はなんの前触れもなく、気づいたらかなり痛くなっていた。あれ、と思って寝て起きると痛みは悪化し、出勤したら階段の途中で歩けなくなった。

 そんなこんなでベッドやソファにちょこちょこ移動しながらも座りっぱなし、寝っぱなしの薪の世話を、連絡を受けて飛んできた青木は、やつあたりされながらこまごまとこなしていた。とはいっても掃除は普段からルンバの担当で、ひとりの時には家には寝に帰るだけの生活だから、せいぜい一日ぶんの洗濯物と、あとは食事の支度に後片付けだ。まったく動けないわけではないので、食べる介助や下の世話はいらない。青木はなにかの練習のつもりでやってもよかったと内心思ったが、薪の側はたとえ本当に動けなかったとしてもそれは許可しないだろう。有償でプロの看護師を呼んだほうがマシだと言い張るはずだ。

 「散歩に行きたい」

 ソファに寝そべる薪の足元でいちごのへたを果物ナイフでとっていると、退屈した主人が呟いた。

 「なにバカ言ってるんですか」

 「桜が咲いたばかりなんだぞ。絶えて桜のなかりせば、春の心はのどけからましかろうけれども、現にそこここに咲き誇ってるんだ。僕の心はのどけくない」

 「おんぶしますか」

 「……」

 「車椅子を借りてきましょうか」

 「どこでだよ」

 「あのね。岡部さんに仔猫が首ねっこ掴まれるみたいに引きずられて帰ってきたのが、昨日ですよ。歩いて出たら、帰り道はどうせ俺にお姫さま抱っこされるんですよ」

 「じゃあおまえが公園から、枝を折って持ってこい」

 「俺が捕まってもいいんですか」

 「人目につかないようにやるんだ。なんのために法の知識を身につけたんだ」

 その網をくぐり抜けて犯罪を犯すためでないのは確かだ。

 「木がかわいそうでしょう」

 「僕はかわいそうじゃないのか」

 「来年も咲きますよ」

 「来年まで世界がある保証がない。これから一年のあいだに文明が滅んだら、今日の桜を見に行かせてもらえなかったことを恨むぞ」

 結局俺のせいなのか、と思う。岡部さんならもっと強権を発動してもこんな恨まれ方はしないよな、殴られるけど。

 「あなた、花見なんか興味なかったじゃないですか」

 「興味がないのは宴会であって、桜は昔からずっと好きだった」

 「……へえ」

 「雪柳も、白木蓮も、ラベンダーも。桜に至っては愛してると言ってもいい」

 なんと、知らなかったな。この人が、季節の花にそんなに執着してるなんて。知ってしまえば理解できるし、「らしい」し、めちゃくちゃ似合うけど。

 青木は薪が、痛む体にイライラしている本当の理由をやっと理解した。桜、桜と騒がれるのは、少しばかり不安だったのだ。死のイメージがある花だし、自分が知らないなにかをその陰に見られている気がしてしまう。青木が知っている薪は、いつも怒鳴って、部下を率いて事件の先頭に立ち、人のために泣き崩れ、やがて死のうとしていた。俺のために生きてくれている、と自惚れることができるようになったのは、ごく最近のことだ。

 「確かに、いいですよね。桜」

 「そうだろ。あの薄い色も、光を透かす花びらも、濃い幹との対比も。広がる枝振りも」

 「すぐ散るはかなさも、夜のライトアップに浮かぶ花々も」

 「ほのかな香りも」

 「香り?」

 「おまえみたいになにもかもデカくて大雑把なやつにはわからんだろう」

 俺をこきおろすことしかできないのかな、この乱暴でかわいい恋人は。

 「おかげであなたより近い位置から観察できます」

 「ド近眼のくせに」

 薪はだいぶ機嫌を立て直したようで、いつもの自慢の想像力を駆使して、目の前にない樹木の姿を楽しんでいた。「おまえと一緒に見たかったな」

 「そうですね」

 やっと素直になったか。

 東京のど真ん中でも、薪の憂う宴会だらけの公園や人混みで渋滞する並木を回避しても、目立つふたりで並んでも、のんびりと春の風物詩を眺めるだけの散歩なら、どこぞの路地裏でも可能だろう。ただ満開のそのほんの短い日々にそうそう都合がつくはずもなく、現に出会って以来、一緒に桜を眺めたことはない。

 「俺があなたのために世界を守りますよ」

 舞い散る花びらの中に佇むすっとした姿を想像してみた。かの歌人を記したという、雅で美しく、自由奔放っていう形容は、まるで薪さんのことじゃないか、と思う。業平にもどこぞの皇太后内親王との禁忌の恋や密通の業績があったようだし、落ち着かない春の心の影には誰かへの想いがあったのかもしれない。

 味見と称して半分かじったいちごを、薄紅色の唇に運んでやった。それなら我慢する、と薪はしぶしぶ納得して、白い歯が季節の香りのする果肉をかじった。

 

 

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