雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「銀の芽」

 

こんばんは。

連日雨で、これが秋ってやつでしょうか。

 

秋といえば、肌の乾燥です。 ←え

去年は自分が乾燥してるからってついうっかり薪さんに微妙な乾燥肌の属性を与えてしまいましたが、その設定にはかなり活躍してもらったので、自分の中でよしとしていますすみません。

青木が薪さんのお肌をニベアでお手入れするシリーズ(?)です。

 

ニベアを塗らないおはなし:「季節が変わるせいじゃない」

ニベアを塗るおはなし:「手のひらのきみ」

薪さんがそれをぽろっと言ってしまう妄想:

「ニベa」

「ニベアを塗ってm」 

↑ 複数回書いてて自分でも呆れた

 

 

で、本日はニベアじゃなくて、スチームクリームです。なぜかというと、なみたろうさんが買ってらしたからです。

 

ユーカリ、いいよね……ルピシアの、表に出てないフレーバードティーで「ユーカリ&グレープフルーツ」というのがあるんですが、クセになる爽やかさです。

 

で、甘くない系統のいい匂いのクリーム、ときたらもう薪さんに自動的に変換されてしまって、妄想しました。なぜか薪さんは登場しないんですが。

できればスチームクリームを買ってきて塗りながら匂いを楽しみながら、この話の前の晩を妄想しながらお読みください。

 

 

* * * 

銀の芽

 

 

 「岡部室長は、所長の最古参の腹心なんですよね」

 今朝は波多野がこちらをちらちら気にしていたことに気付いていた。本人が言い出すまで放っておこうと思ったものの、切り出されたのは割合早かった。

 「まあ、わかりやすい言葉で言えば、たぶん」

 「どれぐらいの付き合いなんですか」

 「薪さんが途中で外遊に出たんで、そこをはしょれば10年も経ってない」

 「前体制の「第九」時代の様子を、雑誌の取材で語ったりもしたんでしょ」

 「あれは本人が俺を逆指名して、正直に好きに喋れって言ったんだ」

 「仕事外では」

 「うちで鍋やったときに来た。おまえもいただろうが」

 「外に飲みに行くこともあるんですか」

 「楽しくはないぞ。ふたりのときはあの人が弱ってるか荒れてるか、どっちかのことが多いから」

 「ご家族もいらっしゃらないし、「第九」が一番それに近くて」

 「なんなんだ、何が言いたい」

 「ユーカリですよ」

 一瞬、言われた言葉の意味がわからず、それが浸透するまでに時間がかかった。

 「え」

 「それと、ティーツリー。だと思います」

 波多野がじっと見てくる視線を受け止めながら、岡部はいま聞いたふたつの植物が何とつながるのかを脳内で探った。意識は五感の別の部分に向いていく。

 さっきから俺が鼻をすんすん鳴らしていたせいか。かなり仄かな、他の誰も気付いていない程度の匂いで、そもそも気のせいじゃないかと疑っていた。

 「だと思う、ってことは、おまえじゃないんだな」

 「わたしだと思いました?」

 「薪さんだろう」

 「絶対そうです。今朝はやたら肌ツヤがよかったですし」

 第三管区のトップは年若い部下をじろりと斜に睨んだ。

 「所長、去年、ニベアを使ってるって口を滑らせましたよね」

 「よく覚えてるな」

 「今年はスチームクリームにしたんですよ、きっと。ふわふわの、綺麗な缶のがあるんです。その匂いです」

 そこは女子力というやつか、こういうときには面倒な観察力だ。

 「自力で買うとは思えませんけど」

 「所長のプライバシーに首を突っ込むな」

 「保湿剤がプライバシーですか」

 「断言しておくぞ。そのとおり」

 「ご自分だって、気付いて気にしたくせに」

 「俺は匂いそのものを気にしただけだ。でどころが不明で」

 「わたしだと思いました?」

 犬にひとこと言っておく必要があるかもしれない、いやそれこそ余計だと、岡部の注意がよそに向いたときだった。波多野の質問はただの質問に聞こえた。

 薪さんはいつだってこんな感じの匂いがする。花やら植物やらには詳しくないけど、すっとして爽やかで、白い花弁のイメージの。だからあいつも肌と干渉しないと考えて選んだんだろう。だから俺たち以外の誰もこの新しい香りに気づかないんだろう。だからコアラの好物の葉っぱが気になったのは、あの人じゃなくて違う誰かのところから漂ってくると、無意識に探っていたからじゃないのか。

 「所長のことはよくわかるんですね」

 波多野は同じ質問を繰り返した答えを待たなかった。

 「最古参の腹心だからな」

 「語ったり、飲んだり、指名されたり。甘えられたり」

 「羨ましいか」

 「はい」

 「ついでに、怒鳴られたり、八つ当たりされたり、嫌味を言われたりもするけど」

 「わたしが羨ましいのは室長じゃなくて、室長に理解されて許されてる所長のほうです」

 「――ん?」

 「わたしも、いつか後輩に自慢したいです」

 「……いい匂いのクリームを持ってる、って?」

 「上司のことがよくわかる、って、ですよ」

 ”ひろいもん”の捜査員は呆れたようにため息をついた。「たとえその上司が、部下の心情には疎い人でも」

 「そんなことはない、それはおまえの誤解だ」

 「そうですか?」

 「あれで薪さんは、俺もおまえも山城も、ちゃんと理解してくれてる」

 前体制からの懐刀は、どんなときでも上官に忠実だった。柔らかな銀葉のように伸び始めた関係の中で、下の者が目に見えるよりは自分との距離を縮められずにいることには、そんなわけでまだ気付く由もなかった。

 

* * *