雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「季節が変わるせいじゃない」

今日、宇野猫が抱っこしてくれ抱っこしてくれっていつまでもせがむので抱いたら、肩の上でゴロゴロゴロゴロ言って、わたしの耳とかほっぺたとかを舐め出しました。

猫は実は犬みたいに簡単になめてくれません。毒とかにぶちあたると大変なので。もともとが群れないどうぶつなので、自分の身を自分で守ることに敏感なのです。

だから猫になめられるというのは、ほんとの意味での信頼のしるし。もう胸がきゅううううぅぅとなってしまって、涙出そうでした。

 

毛皮の手入れをする宇野さん(猫)。「しっぽどこに忘れてきたの」が合言葉です。

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生後半年を過ぎたチーム室長さんズです。順調に永久歯に生え代わりつつあります。

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右上が今井猫、いちばん左の今井似のちょっと大きい猫は、室長さんたちと同じ場所で1年前に保護されたおにいちゃんです。猫飼い界隈もけっこうな飽和状態で、なかなかいい人にもらわれていってくれません。

 

 

さて、9月ともなると肌が乾燥しまして。そんなデリケートなにんげんじゃなかったはずなんだけどな。もう1年の半分はドライスキン用のボディソープじゃないとやってけない。

 

うちの薪さんは秋冬に乾燥肌になる、という謎設定があるんですが、それを妄想しました。 ←なんなの

ニベアがちょい役で出ます。

 

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季節が変わるせいじゃない

 

 意識のとても浅いところに引っかかった、ざらりとした感触があった。ほんの短時間で通り過ぎただけのそれが片隅に残ったのは、あまりよくない思い出として経験したことがあるからだ。

 青木も薪以上に敏感に気づいたらしい。荒い息を整えながら達したばかりの身を引き起こすと、固くこわばった薪の左脚をさらに押し開いて、太腿の内側に唇をつけてきた。ひどい姿勢を取らされていることを意識し、だがほうけた手足が動かせないので、いつも以上に盛大な唸り声を発して苦情を訴える。青木はそれを無視しておぼつかない指先で薪の脚を辿り、小さな膝頭、脹脛を片手で支えたその手の中の硬い脛へと、くちづけを移動していった。

 やはり乾燥している。季節の変わり目に反応するのが去年より早い。ことが終わったばかりのその直後というだけが理由でなく、自身の表面がひどく逆立っているのが接触した部分でわかる。薪の肌の状態を調べていた唇が下肢を離れてのぼってきて、冷えた指先を中に含んだ。爪にわずかに歯が立ち、舌が指紋をなぞる。それから隣に横たわった男の手のひらが、汗で湿った髪をなでた。そうだ、この細い糸がまつわりつくと思ったのも、微弱な静電気のせいだった。

 「今日からあなたのからだは俺が洗います」

 聞いてしまえば、そういう突拍子もない宣言はやたら青木っぽい。薪はまだしかめたままの苦しい顔で、なんとか反論した。

 「いつも、そうしてるくせに」

 「つまりその、事後だけじゃなくて。俺がいるあいだはずっと」

 「……まためんどうなことを」

 「あなた事前にもシャワーを浴びるし」

 「それは世界標準だろ」

 「寝起きの一日も風呂で始めるし」

 「それは僕標準だ」

 「下手すると日中も」

 「おまえがいるときだけだ」

 「去年はこの時期、ずいぶんあちこち傷つけてらしたでしょう」

 「たいしたことない」

 「ご自分で気づいてなかっただけです」

 「その前の年よりマシだっただろ」

 「ご自分で気づいてなかっただけです」

 「いい歳した「おじさん」なんだぞ。乾燥だってする」

 「だからですよ。俺にやらせてください」

 あまり反抗したらこの気を揉む恋人は、ニベアを塗るとか言い出しかねない。薪は観念した。

 「勝手にしろ」

 「ありがとうございます」

 抱き上げようと触れた手に反応してからだが跳ね上がったので、あっすみません、と青木が腕を引っ込めた。

 「急ぎすぎました」

 「おまえって、まるで、僕の取説を持ってるみたいだな」

 「乾燥肌だけじゃないですよ。分野ごとに持ってます」

 「……嫌な奴」

 脱力した薪を浴室に運ぶと、青木は石鹸の泡を転がして、いつも自分の手と指だけで薪の全身を清めてくれる。骨格を辿るように、節々を確かめるように、宝物を撫でるように、濁りの払われた真珠の肌をその触れた場所から取り出していく。それはもう愛撫と同じで、けれども薪の血流をそっと鎮めて落ち着かせる。

 あんなふうにじょうずに丁寧に扱われたら、こいつなしでは夜も明けなくなる。俺がいるあいだはずっと、なんて言うけれど、ひとりになったあとがいちばんからだが傷むってこと、おまえはわかってないんだ。

 しまったと思ったときにはもう、まなじりから一粒涙がこぼれていた。青木がすぐに気づいてそこにキスをくれるのは予測できた。僕の肌が泣くのは、こいつの考える「季節」のせいじゃないんじゃないか、と薪は思い当たった。だからといって特効薬がひとつしかないのは、同じことだったけれど。

 

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