雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

秘密の外国語 ウイグル語3

 

こんにちは。

本編のウイグル語、ほぼ解読できました。解読っつーか解読自体は既に薪さんがなさっているので、いってみればそれを検証したということです。

結論からいうと、かなりちゃんとしたウイグル語でした。だったらいちいち解説する必要はないんですが、ここに至った労力が惜しいので、まとめておきます。たぶんわたし以外誰も興味ないと思いますが。

 

本編のウイグル語の追試が難しかったのは、翻訳アプリなどに入れてみるとアラビア文字で出てきてしまうことです。アラビア文字を知らなければ、日本語と照らし合わせようがラテン文字表記と照らし合わせようが、その検証が正しいかどうか確認するすべがないので、どうしようもないんですね。

これは昨今、特に田舎のえらい人が翻訳アプリや翻訳機の普及を便利がっているのと現象として似ています。翻訳アプリは相互にその言語を知らないと訳出された表現が正しいかどうかの確認のしようがありません。つまり翻訳アプリは最後の手段であって、保証のないその場しのぎのツールにしかなりえないのです。その場では「通じた!」と思っても、誤訳された表現を相手がそのまま受け入れている可能性が常にあるからです。

 

先日買ったウイグル語の参考書は、あまりわたしの役には立ちませんでした。

おおっ、と思ったのはこれくらい。

adem 「人」、ni「を」。

おおー、だいたい合ってる、暗殺坊主の差し出したメモと。

この本の表記はラテン文字表記でした。ラテン文字表記はウイグルコンピュータ文字だと思ってたんですが、実はこれはラテン文字表記の改良版で、その前段階で別のラテン式ウイグル文字とがありました。両者には少々違いがあります。

上の「新文字」はアラビア文字に対しての「新」のようです。Qをチの子音、Xをシの子音にあてるなど、中国語のピンイン(のラテン文字つまりアルファベット表記)の影響が見られます。

こいつは作成していた頃に文革が起こったのと、アラビア文字の廃止に人民が反対したことにより、使用が中断されたらしいです。

 

下の「ウイグル子ピュータ文字」はネットの普及とともに再登場したラテン文字表記のようで、Xがハの子音にあたるなど、ロシア語の影響が見られます。

モンゴルもそうなんですが、ウイグル民族は中国国内で迫害されているため、中国政府と人民の対立が大きくなるにつれ、反対側にいるロシアと仲良くなっていったようです。そんな影響が文字の採用にも表れています。

なおカザフを中心とした中央アジアではキリル文字を採用しており、そこらへんに住むウイグル人たちはキリル文字ウイグル語で独自の出版や教育を行なっているとのことです。

 

上のふたつの文字一覧は次のサイトというかネット上の辞書からの引用です。

最初のほうに文字や文法の説明があり、なんならちょっとウイグル語がわかるような気分になってしまった(気のせいです)。辞書なので検索もできます。なぜか見出し語が検索にひっかからないことがあるとか、ブラウザとiPadで引っかかる語彙の数が違うとか、少々怪しいところもありますが。

でもとにかく今回、これにたいへんおせわになりました。

現代ウイグル語小辞典

 

この辞書にはアラビア文字との対比もあります。今回初めて知ったんですが、アラビア文字も独立形(いわばブロック体)と続ける形(いわば筆記体)でずいぶん形が違って、しかも筆記体が複数あるんですよ。同じ文字でもかなり形が違います。

その一部↓

IPA国際音声記号、いわゆる音声記号の全言語統一版

この辞書はウイグルコンピュータ文字で書かれていて、見出し語にはアラビア文字表記もあります。これが本当に役に立った。

ではここからあらためて、『秘密』のウイグル語の追試に入りたいと思います。

 

 

こちら無印10巻の薪さん。

 

メモを拡大。

上で紹介した辞書に、ちゃんとあったー。

アラビア文字表記もすっかり同じ! すごい。

ちなみにこいつは、上にあげた「現代ウイグル字母」から t は同定できたんですが、ya は同じものが見つけられませんでした。単語になると字形がまたちょっと変わるんでしょう。

adem は最初に書いたように「人」。『秘密』本編にあった a にウムラウトがついた文字は、ウイグル語のふたつのラテン文字表記には見当たらないので、これは e に訂正します。

アラビア文字もめっちゃ合ってる。すごい。

yat adem は「見知らぬ人、異質な人」、つまり「よそ者」という意味でした。

 

次。

 

辞書に熟語であったよ!

これは見出し語でないので、このままだと検証できません。

そこで個別の単語もひきました。

↑おー、動詞めっちゃ合ってる。アラビア文字も合ってる。

↓「舌」も合ってました。

「ni」は「を」です。助詞の「を」は見出し語にありませんでしたが、この表記が参考になるかも。

 

で、「おまえの」なんですが。

どうも主格?と所有格?で、形が全然違うようなんです。

二人称単数の見出し語:

二人称の所有人称接辞:

「おまえの」は「-ng, -ing, ....」のようです。主格の「おまえ sen 」と全然違います。

「 tilingni 」は「 til-ing-ni 」で「舌-おまえの-を」となっているんですね。これは上の例からも検証できます。

yurtum 私の故郷

 -um 一人称単数所有

yurtung 君の故郷

 -ung 二人称単数所有

これらの例から、「 yurt 」が「故郷」で、そのうしろに「わたしの -um 」「きみの -ung 」がついていることがわかります。ウイグル語では所有の人称は接辞で、所有される名詞の後ろにつく、ということです。

 

では、「 til 」と「 ni 」はアラビア文字表記が判明しているので、「 ing 」を調べます。

辞書で検索すると、「 ing 」を途中に含む語がたくさんあって、このへんが参考になりそうです。

これらの文字列から察するに、が「 ing 」にあたるもよう。

なおこれは辞書の「現代ウイグル字母」とも合っています。

i の字頭形(いちばん右)、字中形(右から2番目)

ng の字中形(右から2番目)

 

以上をまとめたら、こうなりました!

 

めっちゃよくわかる、めっちゃ合ってる。

前回検討したときにはあまりよくわからなかったんですが、今回はとってもすっきり。満足しました。

ロゼッタストーンの解読ってほどじゃないけど、オランダ語もわからないのに辞書と首っ引きで訳したターヘルアナトミアの解読、ぐらいの気分にはなれました。 ←言い過ぎ

 

なお調査の過程で「日本語ーウイグル語翻訳掲示板システム」というものを発見しましたが、残念ながら現在は稼働していないようです。

参考:

日本語ーウイグル語翻訳掲示板システム

形態素解析を用いた日本語・ウイグル語機械翻訳システムの開発および統計機械翻訳手法の基礎検討

名古屋大学外山研究室

 

清水先生、これ、どういうツテで文を作ってもらって、誰に文字を書いてもらったのかな。完璧すぎるもん。知らない外国語で文法的に合ってる文を作って、知らない文字で書くなんて、素人にできないですよ。もとの参考サイト『新疆瓦版』がなくなったのが、かえすがえすも残念です。

 

以上、わたしだけが楽しいウイグル語の検証、終わり。

ここまで読んでくださった方、お疲れさまでした。