雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

500色の色えんぴつ「DARK VAIL」

 

こんばんは。

新シリーズはじめます。いやあの、短歌とかキスみたいなたまに書く短いやつで、連載でもなければおおげさなものではないですが。

500色の色えんぴつでやってみようと思い立ちました。

www.felissimo.co.jp

 

過去に既に一個書いてるんですね。

SS「メロウな朝」

このときの色えんぴつはこれでした。


こんな感じのマンションポエムみたいなのが500個あるので、なにかしら書けるんじゃないかという見切り発車です。

※マンションポエム=マンションの広告にある詩的なキャッチコピーのこと。大山顕命名

マンションポエム徹底分析! :: デイリーポータルZ

ついったのマンションポエムbot

 

今回は、大晦日に書いたこれ。

少しだけ続きを足しました。

続きを足してからここにアップしようと思ってたんですが、うまく展開できなくて、色鉛筆一覧をながめてたらなんとかまとまった。

色えんぴつはこちらです。右の下から4番目、深い紫がかった、ダークボルドー

とりあえず色の名前をそのままタイトルにいただきました。

展開しても中身はついったと同じ、岡部さんの苦労話です。

 

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DARK VEIL

 

 忠誠心のかたまりのような第三管区の室長が、普段と変わらぬよくまわる気を利かせて職場に寄ってみると、構内に入れずに門の外で待っているタクシーを見つけた。もしや、と思って壁の向こうをひょいと覗いたとたん、コートの襟を合わせて人の気配のない科警研の裏口を出てくる所長を見つけた。

 帰るところか、と首を引っ込めたが、既に気づかれていた。

 「岡部」

 呼ばれてふうとため息をつき、仕方なく姿を見せる。

 妙な点で律儀に真っ正直なんだよな、この人は。お互いに黙って気づかないふりをしていれば、面倒な会話をしないですむのに。

 「まだこっちにいたのか」

 「これから帰ります」

 「なんで寄ったんだ」

 「忘れ物をしましてね」

 「守衛さんに面倒をかけるな」

 「もう見つかったんで、いいっす」

 薪が運転手に手をあげる。

 「あんたはなにしてたんですか」

 「所長の役目だよ。ハンコ押しとか」

 わざわざこんな日にする仕事か、と思ったが、現場主義のこの上司は重役出勤してお茶を飲み飲み書類を読むほど暇ではないのだ。事件も部下も「第九」をカラにした今日だからこそ、やれることもある。それにたぶん、飛行機の時刻までに暇を潰す必要も。

 「今日、探さないといけない忘れ物だったのか」

 「ええ、まあ」

 「どこにあったんだ」

 「ここに」

 わざとらしくポケットの中の手を動かしてみせた。嘘はついていない。

 車にたどり着いた薪が開いたドアに手をかけて岡部をじろじろ眺め、ふっと笑った。

 「……なんですか」

 「いや。あのな」

 「はい」

 「ご苦労だった。ありがとう」

 そして小さな頭をかがめて後部座席に乗り込んだ。

 いつもどおり、手ぶらなんだな、どこに行くのも、帰るのも、と閉まったドアの窓が下りるのを見ながら思う。まあいいさ、どうやらご機嫌も悪くないし、おかげで世界も平和だ。

 「だったらせめて、三が日はきっちり休んでくださいよ」

 「そうするよ。駅まで送るか」

 「遠慮しときます。俺はすぐそこなんで。年の瀬にどんな渋滞が待ってるかわからないし、寄り道しないで行ってください」

 暮れのぎりぎりまで、狭い車内で、こんな緊張感のある会話をこれ以上続けてられるか。

 車が去って一服したかったが、あいにく吸い殻入れを持っていない。天気は崩れなさそうとはいえ、さっさと移動したほうが無難だ。来年は俺も、もうちょっと楽ができるかな、と踵を返し、やっと仕事を納めた忠臣は雪国を目指す新幹線を捕まえるために、残り時間もわずかな街を歩き始めた。

 

* * * * *

 

 岡部はなにか誤解していたようだが、薪が向かったのは空港ではなくて都内のホテルだった。舞は今年は奨学金をもらって、西海岸へ語学と異文化の2週間の研修に行っていた。

 青木を自宅に招いてもよかったのだが、マンダリンのニューイヤーパーティのチケットを手に入れる機会があり、ふたりぶん予約してあった。メインダイニング貸切のビュッフェは、食べ放題という語感とはかけ離れた豪華さで青木は子供みたいに喜ぶだろうし、薪はシャンパンがあればよかった。

 車はほんの10分余り、年末のせわしさと人の数の減った東京の落ち着きの間を抜けて走った。つるべ落としの陽が消えて空はわずかなあいだに漆黒を広げ、人工の星たちが煌めく地上に舞台をあけ渡していた。ホテルのファサードに差し掛かり料金を払ってタクシーを下りると、いま着いたばかりです、と言いたげな青木がガラスのエントランスの前で、恋人の到着を感知したように立っていた。

 長身に映える黒いロングコートは、いつ新調したのかひどく上質だ。暗闇のベールの漆黒が光にあたると、角度によって深いボルドーの色が浮かびあがる。あまりにぴったりと似合いすぎていて、つい先日の誕生日に自分で贈ったことを思い出せなかった。ちょうど細かい雪がはらはらと落ち始めたところで、白い息を吐きながら佇む姿勢は映画のオープニングかエンディングさながらだった。薪が近づくと青木はポケットから手を出した。手のひらを上に向けた革手袋に、整った六角形の結晶が舞い降りた。

 岡部があんなふうに気を遣うのはのはなぜだろうと、しばしば謎に思っていた。青木が「所長っ子」であることも、薪が青木に過剰に執着することも、あの悲劇を踏まえて誰も口にしないだけで、「第九」の前身のメンバーたちのあいだでは公然の事実だったからだ。だがこんな青木の姿と、その瞳に映った自分のシルエットを見て、あいつには気苦労と世話をかけてるんだな、と自覚した。季節ごとに賄賂の日本酒でも送ってやらないと、申し訳なくておちおちデートもできない。

 「降り出しましたね」

 溶けて水になった淡雪を払って、青木が言った。肩や髪に積もり始めた雪片がきらきらとイルミネーションを反射して、焦点の合わない写真みたいに輪郭をほのめかせる。

 「年末だからな」

 まばたきでまつ毛の滴を落とすと、舞台装置に満足して薪は答えた。

 

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