雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「ある猫たちのはなし2.5」

こんばんは。

テレビも新聞もないので時事ニュースに疎いのですが、北九州は大雨のようで、その地域の方々の無事をお祈りします。

わたしの住処は本州以南でもっとも寒いこと以外は無災害地域で(←寒さを自然災害にカウントしない場合)、よそさまのことには鈍感だったのですが、あの東北の震災をなまの目で見て以来、やはり耳に入ればどうしてもちょっと気になります。

 

 

さて、お盆前に片道4時間運転してトライアルにお届けした兄妹猫さんが、出戻ってきてしまいました。

さすがにショックを隠せない管理人。男の子がじつはごくごく軽い障害を持っていたため、それでもいいと言ってくださった里親候補さんに賭けていたのに。帰ってきたのはそれが理由ではありませんが、でももう次の候補はいないだろうな、とずーんときます。

うちに居残った猫さんたちなんて多かれ少なかれみんな何か障害らしきものを抱えてるのでそんなの別にどうでもいいんですけど、でも、預かり猫の数が一向に減らないことは問題です。もらわれていかないともう次の仔猫を預かれない。助けられない。

 

こんなときは曽我猫のことをついつい思い出します。

死なせてしまったあの小さい小さい猫のことを考えれば、あれ以上につらいことなんかないんだから、いいよいいよ戻っておいで一緒に暮らそう、と迂闊に前向きになれます。

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そこで(?)迂闊に幸せな猫の妄想をしました。

「ある猫たちのはなし2」で薪さんにうなぎをとってもらった曽我さん(にんげん)の、そのときのおはなし。今回「4」ですが内容は「2」の時間軸で「3」より前です。いまさらながらのオリキャラご注意。

→ ※ 番号を時間軸に沿って整理して「4」から「2.5」に変更しました

2巻の、「天地相手に動じず穏やかに説明してる曽我さん」のイメージです。でも何も進展しません、ひたすら猫の話をしています。

 

そ……曽我さん(にんげん)が、だんだんワタシ好みになっていく……文系である点をのぞいて。

曽我猫はあまり活躍してませんが、すくすくと幸せです。

 

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ある猫たちのはなし2.5

 

 質も量もかなり特上のうなぎのお膳がふたつ届いて、どうやら所長は俺に1個半食べさせるつもりだったらしい、と曽我は思い当たる。幸いなことに、座卓を前に仔猫仕様のぬるい床に座った隣の女性は、その体のどこに口を通過した総量がおさまるのか判定できない程度には大食いだった。

 匂いにつられて曽我猫が飛んできた。人間の曽我の膝に飛び乗って、上向き加減に鼻をすんすん鳴らし、本能を刺激するもののありかを探している。

 「育秀さんひとりのときはどうやってるんですか」

 小泉はこべが人間と猫を区別するためという理由で前者のほうを下の名前で呼んでいることを、薪は知らなかった。「まさか箸からおすそわけとかしてるんじゃないでしょうね」

 「それははこべちゃんに厳しく言われたんで、やったことないよ」

 重箱を高い位置に持ち上げて、猫から退避させながら答える。「俺が食べてるときはケージに入れてる」

 「おとなしく入ってますか」

 「うん。先にカリカリあげちゃえば」

 はこべは仔猫の様子を見て、

 「でもこのひと、わりに堪え性あるかも」

と感心するように言った。「膝の上から動かないですね」

 「普通は違うの?」

 「もっと突進しますよ、こんな匂いの強い料理には」

 それでふたりはうなぎをテーブルに戻し、教育の意味もあってケージを使わず手と言葉で曽我猫を制しながら、なんとか文化人らしい程度に食事を進めた。

 考えてみればふたりで並んでものを食べるのなんか初めてだった。ボランティアは猫の世話をしに来ているのであり、保護主と団欒するために時間を費やすことは通常しない。マンションの鍵を預けていることもあって完全にすれ違うことすらままある。ましてや一人暮らしの上に、曽我はこう見えてもひとつの管区を統括する室長だった。暇ではないから手伝いが必要なのだ。

 「改めて聞くけど」

 お湯を注いだだけの吸い物の香りが、びっくりするほどこうばしかった。所長が注文してくれたのは、本格的に立派なごちそうだったらしい。

 「はこべちゃんは、猫のことを「ひと」って言うんだね」

 「犬もゾウも「ひと」って呼びますよ」

 「人間は」

 「そっちも同じです。曲がりなりにも医者なんで」

 「薪さんもね、表面上は厳しいこといろいろ言うんだけど、人間と猫とか同列に扱うんだよ」

 「あの方が、ですか」

 「結局子猫のこと、いつまでも気にしてるし」

 「育秀さんは」

 米粒を箸で丁寧に拾いながらはこべが聞いた。「どうして猫を拾ったんですか」

 「目の前に落ちてたから」

 「それだけ?」

 「たぶん。なんか理由が必要なの」

 「元から好きだったんですか」

 「特には」

 「曽我猫と暮らすことにしたのはどうして」

 曽我が驚いた顔で質問者を見た。

 「はこべちゃんが言ったんじゃん。曽我は小さいから大事にしないとダメだ、責任持ってひとりくらい引き取れ、って」

 「え」

 「覚えてないの?」

 「覚えてます。それが理由だとは思わなかっただけです」

 味わったことのない強い香気に誘われてさりげなくしつこく限界突破を試みていた子猫の動きが、ふいに鈍くなった。部屋の主が箸を置いて猫を客人の膝の上に移すと、小動物の持つエネルギーの許容値を超えたのか、あっというまにうつらうつらし始める。ほとんど倒れるように丸まって、情けない短いしっぽをわずかに震わせる。

 「これじゃ立てません」

 「崩して座ってて。お茶煎れてくる」

 猫が来てから引越しをはじめとして、曽我の生活は大きく変わった。だが変更点のいくつかは猫のせいではない。茶葉を急須で扱うなんて、以前はしたことがなかった。

 「俺……もしかして」

 「なんですか」

 「なんでもない」

 猫以外にも、うなぎ以外にも、所長に恩ができたのかもしれない、と思う。次に会ったら、薪さんなんでもご存知なんでしょうけど、でも緑茶は沸騰したお湯じゃダメだって知ってましたか、って聞いてみよう。仮に知ってても、煎れたことないでしょ、と人間の曽我は思った。

 

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