雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

秘密の婚約破棄2

こんばんは。

猫アカウントで、

「今日は1.5食たべた、夜のメニューは冷凍のピラフとフリーズドライのスープ」

ということを呟いたら、

「ちゃんと食べててエライじゃないですかー!」

とほめられました、えっへん。

青木が薪さんをこんなふうにほめたら蹴りが飛んできそうです。

 

 

今日、5月の連休に婚約者と心置きなく遊べるように、とその連休直前に「助けてください」とうちに仕事を持ち込んできた、そしてそのわずかひと月後に婚約破棄された元部下から、泣きの電話が入りました。

指輪ももらって親戚にもお披露目やあいさつが終わったあとに、その相手の男に「やっぱやめよう」と言われてフラれたのですが、そいつなんと、婚約を解消したあとも、結婚しないことを前提に今まで通り(?)付き合っていきたい、と思っていたんだそうです。

 

元部下の、「あいつほんとにバカなの?」というセリフとあいまって、当然のように連想して妄想した、鈴木さんのプロポーズしない事件(もう事件にします)。

鈴木さんはやっぱり、指輪まで作ってプロポーズできなかったのなら、つまり(唯一無二の親友として薪さんを支えるという意味で)雪子さんとの人生より薪さんとの人生を選んだのなら(←そーゆーことですよね???)、雪子さんとは別れるべきだった、と強く確信しました。 雪子さんがもっと面白い女性だったらこんなにうるさく言わないんですが

 

 

先日のワークショップの中に、「ジェンダーバイアスを考える」という、え、あんたアタシ相手にそれ持ち出す?? ってケンカ売りたくなる感じの活動がありまして。

※ 講師は意識高い系の素人です、ワークショップを開催する側も勉強中の人々、という催し物だったので。でも持ってきたチェック教材がジェンダーを語るにはもう古臭すぎるというか、「結婚したら家庭に入るのが女の幸せだ。又は、結婚したら妻子を養うのが男として当然だ。」とか「料理の得意な女性は、いいお嫁さん(母親)になると思う。」とかで、あんた講師を名乗るくせにいつの時代の人??って感じ。そもそも質問文が既にセクシャルマイノリティをガン無視です。いっそ項目が「セックスでは男が主導権を握るべきである」とかだったら「青薪はどっちが主導権握っても男だからマルだな」とくだらない妄想ができるのに、と思わずにいられなかった管理人です。

 

活動後に講師が「ジェンダーフリーとかいっても「元からある性差」をどうするか」と言い出したのですが、あげていた例が、「(子供を産んだらかわいいと思ってしまう)母性」でした。

……いまだに「母性は本能だ」とか「女には母性がある」とか「母性は女のものだ」とか思ってる人がたくさんいる、ことは知ってるけど。

それをあげてる時点で自分がジェンダーバイアスを大量に抱えてる(=「ジェンダー」が男女しかささないと無意識に思ってることも含む)って気づかない人がそれをテーマに講師気取るってどうなってんの、とひっかかりまくりだった管理人です。

でもいいかげんオトナなので、というか本音はめんどくさかったので、参加者の前で突っ込んで講師をやっつけるようなみっともない意地悪はしませんでした(薪さんは遠慮なく突っ込んで泣かせそうな気がします)

 

 

話は飛びますが(管理人のなかでは強力につながってますが)『CSI:NY』で、同僚と付き合ってて妊娠した刑事が、その同僚の男性にプロポーズされて、ノー、と断るエピソードがあります。その直前に「おれたち愛し合ってるし」「うん」とか確認してるのに、です。

なんだかんだいってアメリカすげえ、と思うのはこういうとき。セリフにはないけどでも、妊娠したほうは、妊娠したことを理由に結婚はしない、と断ってるんですよ。愛し合ってるのに、結婚の理由が愛でなくて妊娠であることが許せないんです。

 

このふたりは幸いというか、ふたりで「結婚の理由は妊娠じゃない」ことを確認して普通に結婚します。

でももうなんか、男だから女だからとか生活がとか全然関係ないところで、人生を考える最高基準に何の迷いもなく「愛」を持ってくる。すげえ、と思ったわけです。

 

その関連でいうと、『ハワイfive-0』(刑事ドラマ)にも、海軍の特命を受けてスパイ活動をするために、プロポーズしてくる直前の彼氏と分かれる(「別れる」わけではない、ただし事情を知らない男のほうから「もう待てない」宣言が出ます)、という女性が出てきます。彼氏自身がシールズ出身なのに、1ミリも頼らない。

なぜかというと、彼女はそれを自分でできるうえに、自分にしかできないから。だから彼氏を置いて仕事に行く。これももう性別とか超越した話で(でもこの人(女なのに)カッコイイ、と思ってしまう管理人も、自分にジェンダーバイアスがまったくないとは言わないし少なくともその自覚はあります)、泣くほど愛してるのに、彼女にとってはそのために「一緒にいる」ことは必須項目じゃないんですよ。

 

 

これらのエピソードから管理人がさらに思い出したのが、『ここはグリーン・ウッド』の池田光流(みつる)です。生後数日でお寺の前に捨てられて養子になった準主人公です。

自分の出生から、「家族になるために血のつながりは関係ない」つまり「大好きな相手を大好きでいるために特別な理由は必要ないし、もっといえば一緒にいる必要すらない」ことを証明しようとあがくのです。若干高校生にして。

具体的には、できるだけ早く家を出ようとします。全寮制の高校を選んだのもそれが大きな理由で、「自分が家族と血のつながりのない「他人」であることは事実であって、でも「他人」であっても愛情は劣らない」ことを、家を出ることで確認しようとするのでした。

 

 

あちこち飛びましたが、結局何が言いたいのかというと、薪さんもそういう人なんじゃないかな、と管理人は常々感じている、ということなんです。(※ 個人的な見解です)

血の繋がりのない自分を何の疑問もなく愛情込めて育ててくれた父親、親戚を敵に回しても妻と息子を守った父親、その父を殺しその後同居していた実の親、でも薪さんにとっての「お父さん」は、とっくの昔に亡くなった俊さん。

(ところで下の名前、「たかし」「さとし」「つよし」で全員漢字一文字という、清水先生って重要な登場人物の名前、割と適当ですよね(すみませんほんとすみません))

 

「家族」って結局、なに?? ってなったときに、薪さんの回答はきっと、血のつながりや一緒にいるかどうか、じゃない。(※ 個人的な見解です)

もう愛しかない。

愛した結果として「一緒にいたい」と思う、のは当然だし一緒にいていいんです。でも一緒に暮らしてないから家族じゃないのかというと、そうじゃないんじゃないか、と思うのでした。

 

ゆえに結論は、

「青木、もっとしっかりして!! いろんな意味で!」

となるわけですね。いつもどおり。奴の成長を待ちます。

 

 

冒頭の元部下の場合は、客観的に冷静に分析しても相手の男にそんなめんどくさい理由はなくて、ただ単に結婚におじけづいた、というものでした。それではわたしの元部下の中に愛情は残らない。

彼女は友人に誘われて参加した合コンで、「世間にはハイスペックな彼女ナシ男が実はわんさかいる」ことに気づいたそうなので、これからまた楽しく頑張るそうです、よかった。

 

 

山本猫と、山本猫のおしっぽで遊ぶ小池猫。ふたりとも女の子です。びじんです。

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