青木、誕生日おめでと〜〜。
例によって記念日に気合が入らないわたしが、なんとか気合入れて誕生日と関係ないお祝い話を書いたよ。明日仙台に今月4回目の出張だけど、だいじょうぶ新幹線で寝ればいいから(※体力不足により以前のように朝まで仕事して半徹で出かけるとかもう無理になりました)。
実はざっと書いたの4年も前なんですが、このたびなんとかまとめたので出します。間に合わなかったので日付操作で、すまん。
タイトルは「キリリツァ」、キリル文字で書いたロシア語の「キリル文字」という意味です。「р」が巻き舌のエル、「л」がLのエルです。
なお青木一行をキリル文字で書くと
Аоки Икко
となります。なんか読めそうな気がしますね。
おりたたみのあと、並んで読書するほのぼの青薪です。
拙宅の青木は作中のように勉強家で賢いので、フランス語もできるしロシア語も少しできるし手話もできるし、博士号もとったし(※未発表の博士号話を見つけて確認したらやはり犯罪心理学でとってました)、当社基準で薪さんにふさわしい男に順調に成長してます。
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Кириллица
ソファに半分寝そべって、足元の相方の脚の上に踵を載せていた。両手で開いたペーパーバックは5分も前に読み終わっていた。まだキリル文字を追うふりをして、本の天越しに青木の横顔を見る。つまさきで太腿や脇腹をつつくと足の甲から脛、膝とその裏まで労るように撫でてくれるのが気持ちいい。もちろん望まないときに不埒な指遣いをされたら蹴り飛ばしてやるのだが、だらしない姿勢でリラックスして東欧の神話に耽っていれば望まないときなんてものは薪の側にもそうそうないので、今のところ長身の恋人は無事だった。
小指で固い腹の筋肉を探る。内緒で体を鍛えているらしい、という疑惑はいよいよ本物に近づいた。いっぽうで薪の肌を這う掌の動きがおざなりになってきて、自分勝手な嫉妬心を青木の注意を引きつけるハードカバーに向けて蹴り上げる。
「ちょ、ダメですよ、書物をそんなふうに扱っちゃ」
「僕を放っておくからだ」
「あなたが読めって勧めてくださったんじゃないですか」
「遅いんだよ」
青木は人差し指の関節で眼鏡を押し上げると、薪の持つ本の表をじっと見た。
「どうでした? カリーニングラードの、ノーベル文学賞の詩人は」
「――なんだって?」
「時間がかからなかったってことは、あまりお気に召さなかったんですか」
「いつ、勉強したんだ」
「ロシア語なんかやってません。でもキリル文字くらいは読めるようになりました」
青木は最近、どこの言語ですか、とあまり聞かなくなってきた。確かに欧州の言語は文字はたいした手間もかからないし、名詞程度なら英語と相当類似している。発音どおりに読むだけで中身の想像がつくこともあるだろう。ましてや先頃受賞したばかりの文学者の名前とタイトルは、一般でも話題になっていた。
「他に何をやった」
「犯罪者を問い詰めるみたいな聞き方、しないでくださいよ」
「僕に告げずにやるなんて、犯罪と同じだろ」
「俺だって少しくらい、あなたに対して秘密を持ちたいんですよ」
「なぜ」
「ドキドキしませんか。神秘的で」
「おまえに?」
ふん、と鼻で笑ってやる。だが今日の青木は勝算があったらしく、強気だった。残りのページが少なくなった自分の本を開いたまま横に伏せると、ひきずるように薪の腰を抱き寄せて、顔を近づけてくる。キスを受け止めようと目を閉じかけたところ、唇は唇ではなく薪の耳朶をかすめて、悪くない発音で愛の詩のタイトルをささやいた。
「вы сияете в утреннем свете」
「……ロシア語なんか、やってないんだろ」
「やってません。キリル文字が読めるようになった程度です」
「おまえ、生意気だ」
「そうおっしゃると思いました」
そして起き上がってまた読みかけの本を手にする。「あと少しなんです。お願いですからもうちょっとだけ、おとなしくしててください」
「いまどこだ」
「「地球がまとう大気は、いまのもので三種類目になる。最初の大気は――」」
「わかった。待っててやるから、さっさと片付けろ」
青木は再びクライトンを開いて、微かな笑みをそのポートレートの輪郭に載せた。薪は稜線を足の爪でなぞりたい誘惑にかられたが、約束した以上、読書の邪魔はしない。代わりに脇腹から背中、肩、耳、頬と、崩された姿勢で寝そべったまま、届くかぎりの場所に足を伸ばしていく。
「お行儀が悪いですよ」
「早くしろ」
僕を放っておくからだ。
神秘的で、ドキドキしないかって? いまさらするわけないだろ。もともとしてるのに。
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