雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「月の雫」

 

今夜は仲秋の名月だそうです。月の話は去年いろいろ書いたので、今年は割愛。

「月が綺麗ですね」っていう話も、もう書いた。

→ 「不知夜月の夢」

 

それで今年はもうネタはないと思ってたんですが、突然思いついたので、さっき書きました。最近こういうの多いです。

季節ネタだから今夜中に仕上げてアップせねば、と思って、仕事後回しにして頑張りました。

 

 

最後に出てくる稲垣足穂のレモン水は、こちらです。

 

レモン水の秘密

 

Bが造ってくれたレモン水のうまい事ったら、口のなか一パイに何とも云えぬ涼しい香りがしみ渡って、とてもこの世のものとも思われません。どうして造るのだといろ々にたずねてみても、言を左右にまわしたBはなか々白状しないのです。そこで或る晩、それは、その一週間ばかり以前から初めて製造され出したBのレモン水が、さらに一そうの香りと涼しさを増して来た頃でしたが、私は、一たいどうするのだろうと、友だちの注文にコップを持って座を立ったBのうしろについて行ったのです。不思議な事には、Bは勝手元へは行かずに、反対に階段を二つものぼってとう々物乾に出たじゃありませんか。オヤと思って、物かげから息をこらして見ていると、屋根に匐い上がって行ったBは、その一等高いところで背のびをして、その上に出ている十三夜のお月さんから、そのレモン水をしぼり取ったのです。

 

大昔、月刊『MOE』で読んで、カッコイイと思った作品です。

さきほど本棚の『MOE』を端から端まで広げて探しましたが、わたしが見たイラストポエムは見つけられなかった……昔は平気で雑誌を切り抜いてあちこちに貼ったり額装したりしてたので、けっこう抜けてるページもあったしな。

『MOE』は近年というかだいぶ前から商業主義に傾いて、キャラクターものの特集とかが富に増えてしまい、買いも見もしなくなりました。昔のやつは、とっといてよかったです。まずもって、小遣いもなく高校時代はバイトも禁止で、大学の学費も自分で払ってた貧乏学生だったのに、この雑誌、よく買ってたな、と思って。書籍には金を惜しまない人間でした。

そしてこればかりは、学生時代に本棚がたりなくなって処分しようとしたわたしを止めてくれた母に、ほんと感謝。

 

 

『鳩よ!』の足穂特集も見たんですが、これも載ってませんでした。

 

この雑誌は、なんていうか、文学系の雑誌? もう廃刊したはず。さすがに雑誌を全部持ったまま引っ越せなくて自炊したんですが、自炊しといてよかった……。

レモン水はありませんでしたが、足穂の月のお話はけっこうありました。

 

 

どうでもいいことですが、わたしが好んで買う雑誌は、廃刊するか中身が転向して違う雑誌になってしまうか、というジンクスがあります。

覚えてるだけで、

廃刊:『鳩よ!』『Pink』『UNO!』『シンラ』

転向:『MOE』『CREA

廃刊された雑誌、一個でも知ってる方がいらしたら、たぶんけっこうなお仲間だと思います。

 

 

折りたたみのあと、十五夜の月が綺麗な青薪。特急で仕上げました!

 

 

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月の雫

 

 

 薪の上から下りようと腕をついて自分のからだを持ち上げた青木が、湿った前髪をかきあげて荒い息を抑え込んだ。しびれて動けない腕を投げ出して視線を伏せるのは、たぶん悟られていない自信があるけれど、そんな姿を直視しないためだ。真剣な表情で崩れた髪に指を入れるその仕草に、どういうわけか胸が痛む。

 秋の気配が隣のリビングを通ってひたひたと忍び込んでいた。高揚した状態から視力が戻ってきて、ドアの隙間の向こう側がひどく明るいことに気づいた。電気の灯りとは違う、蒼ざめて白い、柔らかい光が入ってくる。事後の処理をいつもより少し気怠そうに、だが丁寧にこまごまとこなす青木の手が、薪の肌に伸びる。こんなときに触れられることもにずいぶん慣れた。黙ってされるままになって、仕上げの柔らかいキスが達しそうになった最後の隙間で、それが口をついて出た。

 「……月が」

 「え」

 「明るくて」

 青木の目が窓の外に向けられ、次に振り返って寝室の入り口を縁取る仄明るさを見つけた。

 「ちゃんと閉めてきましょうか」

 「このままでいい」

 指先で青木の肩の輪郭をなぞった。薪の腕も、心臓も意識も、もう正常に動いていた。うなじに手を添え引き寄せて、中断させてしまった行為を完成させようとする。

 「西に窓はないし、空が回ればすぐ暗くなるでしょうけれど」

 「そういうことじゃない。仲秋の名月だぞ」

 はらりと落ちた髪、眼鏡をとった顔。満たされてつややかな頬。薪の肢体を映す黒い瞳。「月が、綺麗だから」

 「見に出ますか」

 「青木」

 気が利きすぎて察しが悪くなるという不思議な状態を黙らせるために、くちづけた。行為のまとめではなく、胸の痛みがおさまったからだ。睦事の仕上げにしては甘ったるいが、満月ゆえにそれも許されるだろう。長く深く交わって、離れて息を継ごうとしたときには、もう青木の側がそれを許してくれなかった。

 「なにか、言いたそうだな」

 やっと声を絞り出すと、眠ることを放棄した男があの眼差しを向けてくる。

 「明日にします。いまは、月が綺麗なので」

 足穂がレモン水を絞ったのは十三夜の月だった。満ちるほどにあの天体の香りが増すというのなら、今夜は芳醇なその雫が、世界中の恋人たちの閨に降り注ぐ。薪は深く呼吸して涼やかな空気を味わい、また上がり始めた体温を吐息で逃した。月がひどく美しかったので、どうしようもなかった。

 

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