曽我さんのカノジョ(※ 猫発祥のオリキャラ)を「ひとまわり以上も歳下」としていましたが、微妙に訂正します。
東大の医学部の大学院に受かっていた知人の娘さんが、研修医も東大病院に受かったそうです。理3の出身でない、外様なので、なおさらすごい。
で、2次の確認に使うということは完全に伏せて尋ねたところ、医学部6年生のときに無事卒業試験と医師国家試験に受かった場合(24歳)、そのあと研修医の前期2年を終え(26歳)、後期3年は省略して大学院に進学し、院が4年間(30歳)。この4年のうち最初の1年を病院に詰めて後期研修の代わりにする、とかいう話でした。
曽我さんは2031年生まれの、薪さんの4、5個下なので、このシリーズの中でだいたい40歳くらいを想定しています。
青薪がくっつくのをなんとなく薪さん42歳くらい、と思ってたので、という前提ですが……公式であの調子だと、青木がそれくらいの歳になるまで無理なんじゃないか、と思ってしまう。
42歳くっつく説でいくと、ほかに寄り道しないでまっすぐ医学博士号をとった場合、曽我さんのカノジョは10個くらい下ということになります。
2019年4月、1年半前のチーム室長さんズ、生後1か月。貸し家のリビングの半分を占めていたサークルからまだかろうじて抜け出せなかった頃。
6にんきょうだい全員写ってます。左奥から、山本さん、宇野さん、小池さん、今井さん、岡部さん、曽我さん(全部猫)。
本日11月13日は、にんげんの曽我さんの誕生日です。
赤ちゃんの背中に載ってるのは、またしてもたまたま手元にあったバースデーカードです。
豆大福は載っけられた荷物が気になる。
今日出すおはなしは、カノジョが東京の大学に就職した最初の春頃、飛ばしていた「7」です。公式から離れた設定が苦手な方はご注意ください。
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ある猫たちのはなし7
「どうして曽我猫たちを拾ったのか、どうして一緒に暮らすことにしたのかって、俺に聞いたでしょ」
「はい」
「はこべちゃんはどうなの。なんで猫の保護活動を始めたの」
聞かれた女性は前髪をかきあげて掌を額にあて、記憶を探るように言葉をつないだ。
「高校のときに半年トロントに留学したんです。ホームステイした家にはいろんな国から来た留学生がいて、いろんな子といろんな話をしました。5つ年上の大学院の研究生がいたんですけど、ファーストキスの相手でした」
「……初恋とか?」
「そんなんじゃありません。ふいうちでキスされて、わたしが怒ったら東ヨーロッパの言語でキレて、それから泣き出して、最後はたぶん謝ってたと思います」
「いま会ったら俺がぶん殴ってやる」
「会えないし殴れませんよ。その翌日にホームステイ先からいなくなって、3日後にワシントンで自爆テロを起こして死にました」
曽我は首を回して、稜線の美しい淡々とした横顔を見た。
「いろんなことを学んだつもりになってた。でも結局、なにもわからなかったんです。彼がなぜわたしに触れたのか、あの外国語で何を叫んでたのか、あんなに異文化のひしめく国に暮らしてどうしてそれを受け入れられなかったのか。わたしの人生の楽しい思い出になるはずだった日々は、そうやってテロリストのせいで、疑問とつまらないキスの記憶だけになりました」
「人間が、嫌になったの」
「そこまで短絡的じゃありません」
曽我の声の心配そうな響きと、労る気遣いを感じ取ったらしい。はこべも首を回して隣の猫飼いの目を見た。
「わたしは根っこが科学者で、もともと研究寄りなんです、臨床じゃなくて。でもだから、何も考えずに無条件で愛する対象が必要だと思ったんです。わたしなりのバランスなんですよ』
MRIを通して人間の凄惨な死や残忍な心を覗き見てきた曽我には、あまり多くを語らなくてもわかってくれるだろう、と彼女が思っているのが感じられた。まだ「第九」に人員が少なかった頃、岡部が捜一の先輩から言われた言葉として、心に盾を持て、というのをよく聞かされていた。自分を冷酷で粗暴な事件から切り離し、守るための盾を持て、と。それを一度失った薪が壊れかけていたのも、姪を残された青木が黙って成長するのも見てきた。
「よくわかるよ」
「そうですか」
「うん。そういう気がする」
曽我が先のことについていろいろな話をしないひとつの理由はそれだった。この女性はほんの少し、薪さんに似ているところがある、と思う。心の中に払拭しきれない闇のかけらがあって、いつもひとりで何かと静かに闘っている。「第九」を支えてきた初期の部下たちが、そして自分が、怯えながらも尊敬してやまないあの人と少しだけ似ているところがあって、だから今なら彼女のことがわかる。
青木がなにか難しい人と付き合っているらしいことは、かつての婚約者との関係をあれだけおおっぴらにしていた身でいまさら詳細を話そうとしないところから、なんとなく察することができた。はこべを見ていて青木を思い出すのはそれがあるからで、猫つながりだけではない。ひとまわり近い歳の差とか、仕事に縛られた距離とか、見合いを重ねて凡庸な結婚を目指していた頃には考えもしなかったことに押し留められて、もうどうしたいのかもわからなくなっていた。だが長身の後輩に、具体的なことはあとでいいんですよ、会いたくて一緒にいたいだけなんでしょ、と問われて、後先考えずに曽我猫たちを拾ったときのことを思い出したのだ。あいつは偉いな、と思う。あれほどつらい思いをした捜査員は他にいないのに、叱られても怒鳴られても最後まで他人にやさしかったのも青木だった。自由のきかない時間に翻弄される予感にひとり戸惑うだけだった曽我は、どっちかが会いに動けばすむ話じゃないですか、単身赴任と同じですよ、とひどく簡単に言われて、拍子抜けしたのだった。
明日はこべを乗せて東へ戻るのと同じ飛行機の、衝突防止灯の点滅が窓の外に見えた気がした。次の約束なんかなくていい、この人はまた来てくれる。
「もう、眠ろうか」
そう掛けた声に返事はなく、閉じた目は開かなかった。腕をひいて毛布の中に下ろしてやる。目立つ美人ではないけれど、化粧を落とした顔を見ても、この人はきれいだな、と思う。夜着の襟から覗く意外なほど繊細な首筋に庇護欲が湧き上がるが、そんな思いはたぶん嫌がられるだろう。ひとりでも生きていける人だから、なんとか一緒にいられる方法を考えよう、と思う。
ドアをカリカリとかく音が聞こえて、細い声が続いた。曽我は起き上がると無粋な猫を寝室に入れた。
「おまえ、無条件に愛されてるんだってよ」
夢中で気づかなかったのかな、それとも、こいつでも今の今まで遠慮してたのかな、と思う。「ありがとうな。うちに来てくれて」
しっぽからまとわりつく獣を抱き上げてベッドに戻り、ふたりのあいだに柔らかなぬくもりを入れる。1歳を過ぎてもまだまだやんちゃ盛りのこどもなのに、ちゃんと人間をわかった顔で、甘えたり、離れたり、寄り添ったりする。
曽我猫は大好きな育ての親ふたりのあいだに包まれて、満足げにひっくり返ると喉をゴロゴロとやさしく鳴らした。
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