こんばんは。
今年度後半戦始まってまだ三日なのに(=敬老の日が祝日ではなくて勤務日だったため)すでに疲れ切ってます。弱い。
猫アレルギーの鼻づまりと闘いながら猫家事した朦朧とした頭で、それを言い訳にしたくだらない話をします。
先日「青木がメガネをかけてなくても、薪さんはもう「す……」とか言ったりしないんじゃないか」と思った件について。
そのあとふと考えたことがあったので吐き出します。
これは特に自分とこの二次、だけじゃなくて、原作軸でもそういう感じがなんとなくするんですけれど、時間の経過というのは重要な要素だと思うので、問題は無印の本編でわたしがひっかかったところです。
ホテルに泊まった翌朝、雪子さんが青木の顔を見て、鈴木さんに似てるからって驚愕するじゃないですか。
なぜ、朝、突然?? 夜に思わなかったのか。
前髪を下ろすことと、眼鏡をはずすことが、青木が鈴木さんに激似するキーポイントだったはず。夜に思うでしょ、状況的に。
ここはその点をついて彼女を責めるのはあまりに酷だと我ながら思うので、あげておきながらこれ以上突っ込むのはよします。 ←え
でも(って続くのかやっぱり)、夜に思わなかったってことは、
・部屋をかなり暗くしていた ←すみませんすみませんすみません
・雪子さんもコンタクトレンズかなにかで裸眼はかなり悪い
・造作が似ているだけで仕草や表情は似ていない ←あまり深く考えないように
ってことなのかなー、などと思ってしまったことでありました。
こんなこと書いておきながら、あのホテルの朝のふたりは嫌いではないです。
泊まったのがちゃんとした場所なのが、おとなのふたりっぽくて好ましい。
もっともその一方で、なんでわざわざ外に泊まったのか、ということでまた失敬なことを考えてしまうので、これについてこれ以上展開するのはやめておきます。 妄想しないではないけどめんどくさい話になりそうなのでおはなしに書くのもしない
あとあのー(←だから、やめたんじゃないの??)、「おとなのふたりがちゃんとした(?)素敵な夜」を過ごした翌朝にしては、えらいシラフなのもちょっとね。もっといい雰囲気のまま朝を迎えてもいいんじゃないかと。
結局何を言いたかったのかというと。
無印で「似てる」とこから始まっちゃったけど、もはやさほどでもない。頑張れ青木! ってことでした。 だいたい、いつまでも似てたら鈴木さんに勝てないし乗り越えられないし、それじゃ薪さんが幸せになれない
青木本人はすでに気にもしてなさそうですが。
設定としてすでにあるのでどうしようもないですが、実際のところ「似てる」って酷ですよね。
少し前に宇野猫に「里親になりたい」と申し込んできた人、調べたところその人が同時多発的に応募していた他の猫も、ぜんいん「しっぽの短い茶トラ」でした。亡くなった猫さんに似ているそうです。他の保護活動者は「うちの猫をこの猫として愛してほしいので断った」というコメントを残していました。
『秘密』に出てくるさまざまな形の「家族」といい、清水先生が本当に残酷なのは、死体の描写なんかよりこういうところだよなあ、と嫌味なくしみじみ思った管理人です。
「透明な丸い猫ベッド」でくつろぐ宇野猫。宇野さんがかわいすぎて愛が止まらない。見てるだけで胸が締め付けられる。恋かしら。
わたしがこれ以上宇野さん(猫)を愛する前に、もらわれていってほしい(切実)。