雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

秘密の伝統

 

こんばんは。

カナダ人コスプレイヤー美女に、年賀状の書き方を教えてほしいと言われて教えました。

干支の絵を描くといいよって教えたら、上手くてびっくり。さすがオタク。

ちょっと胴体が西洋のドラゴンぽいですけどね。

 

 

さて、いま仕事で、地元でちょっと名を知られた寺の坊さんと一緒に活動しています(中身は仏教ともその他の宗教ともまったく関係ありません)。

先週のミーティグが年内最後だったので、クリスマスとかやるんですか、と聞いたら、小さい子供がいるのでサンタさんは来る、というお答えで、和みました。

我が実家はクリスマスも誕生日もない家だったので、サンタさんは一回も来たことなかったし七五三もやってないと言ったら、それは相当珍しい、と驚かれました。そうかな。代わりに??秋祭りの季節にはなぜかいまだに「帰ってこないの」って電話が来ますけど。お祭り目的で帰んないよ笑 田舎の発想すごい。わたしは出不精だし猫いるし、そもそも祝日だからって休みじゃないっつの。

 

祭りつながりでその坊さんからなかなか興味深い話を聞きました。ところがこれが解説すると特段面白くなく聞こえてしまうので、めぞん鈴薪青で披露したいと思います。少々お付き合いください。

なお以下の登場人物のどれが誰なのかはたぶんわかると思うんですが、迷った場合はわたしの筆力不足なので、適当に誰かに決めてください。

 

「薪さん。記者会見、見ましたよ」

「どこで」

「『朝イチ!』です」

「全国ネットで流れたもんなあ」

「なんとかいう芸人にまで非難されたけど、うるさいんだよ。外野は黙ってろ」

「でも、1000年続くお祭りを自分の代で終わらせるって、勇気がいったんじゃないですか」

「別に」

「おまえはなんでそんなに淡々としてるんだ。文句言うやつはほっとくとしても、何か感傷とかないのか」

「祭りが1000年続いてるのも寺が1200年続いてるのも、別に僕の功績じゃない。たまたま僕が住職やってる代に終焉が来ただけだ」

「その1000年ってほんとなの?」

「伝承だよ。実際の記録が残ってるのは江戸時代から」

「じゅうぶん立派ですよ」

「それより寺の1200年のほうがすごい」

「え、西暦800年代ならもう平安京に仏教は伝承してたでしょ」

奈良の大仏天平年間で700年代半ばだ。その前後に誰かが北東北まで寺を建てに来てたとしたら、相当先進的だったと思うよ」

「誰かっておまえ、行基上人が開いて坂上田村麻呂が再建して、慈覚大師が中興の祖って言われてるんだぞ」

「だから知らんコメンテーターに適当なこと言われるんですよ。もったいない、って」

「じゃあそいつがやれよ、祭りの伝承。僕に責任を押し付けるな」

「檀家からはやめるなって言われなかったのか」

「うちは実際の檀家はほんの少ししかない。お盆の檀家巡りだって一日で全部回って読経できる程度なんだ」

「へええ。伝統と規模は一致しないんですね」

「古いって言ったって田舎も田舎だからな」

「でも、数が少ないからこそ意識が高いとか、あるんじゃないの。祭りに対して」

「あれは、ポスターのデザインなんかが話題になって知名度こそ全国区になっちゃったけど、檀家ズにとっての祭りの意味っていうのはもっと違うんだ」

「なに、どういうこと」

「表に知られた部分は、男たちがふんどし一丁で川まで走っていって水に入り身を清め、これをまず3回繰り返す」

「2月に??」

「俺は遠慮しときます」

「そのあと中に金色の小さい仏像が入った袋を朝まで取り合う」

「濡れたままで??」

「よっぽどご利益のあるものなんですか」

「参加者が取り合うのは袋のほうなんだよ」

「なんで」

「知らん。祭りは1000年でも、僕はまだそんなに生きてないからな」

「えー、濡れてなくても寒そうなんですけど」

「俺はちょっとやってみたい。ふんどしってどこで買えるの」

「わりとそこらへんに売ってるよ」

「締め方とかも教えてもらえるのかな」

「それもネットに載ってるだろ。寺に持って来ればこっちで締めてやるけど、素っ裸になって他人に締めてもらうのが嫌だったら、自分ちでやってこい」

「寒そうですしね」

「おまえはさっきからそればっかりだな」

「南国出身ですから」

「で、なんでそれが次回で終わりなの」

「端的にいえば、高齢化だな」

「えっ」

「え。お祭りなんだから、観光資源としていろんな人が来るんじゃないんですか」

「寒そうだから嫌だって言ってる本人が、都合のいいこと言うな」

「あのなあ、祭りってのは神事だからな。表向きは派手な部分しか見えないけど、檀家にとっての本質は、その前から始まってるんだよ」

「どういうこと」

「つまり1週間以上前から、護摩を炊いたり何か書いたり(筆者注※ここ部外秘ってわけじゃなかったけど詳しく教えてもらえなかったので例を捏造しました)、準備と手続きがいろいろあるんだよ」

「へえ」

「そいつが、「家」ごとに決まってるの」

「……は?」

「つまり鈴木家の役割はこれ、青木家はこれ、っていうふうに、檀家ごとに祭りの準備のための役割があるの」

「「へええええ」」

「その檀家がみんな高齢化で、手続きの担い手がもういないんだよ」

「えー。そういう理由なんですか」

「家の役割をよそに譲る、ってことにはならないわけ」

「ならない」

「つまり役割をよそに譲るよりも、各家から担い手がいなくなるなら共に祭りも終焉を迎える、ということを、檀家さんたちが受け入れたわけですか」

「そういうこと」

「「へえええええええ」」

「伝統ってすごいな」

「侮れないですね、1000年」

「だから何も知らない外部の、カメラの前でふんぞりかえってる都会のコメンテーターに、ごちゃごちゃ言われる筋合いはないんだよ」

「はー、なるほど」

「まあ他にもいろいろあるんだけど、実際。たとえば、ド田舎だから車でないと来られないのに駐車場はないし」

「なにそれ」

「みんなどうやってお寺まで行くんですか」

「知らない。観光客がどうやって来てるのかも謎」

「おまえ、住職のくせに雑すぎるだろ」

「そこらへんの熱量の差が現実と観光の差で、薪さんとテレビの差なんでしょうね」

「今年は市にバスを出してもらおうかと思って」

「最後だから参加者、多そうですしね」

「俺、やっぱり参加してみようかな」

「うんまあ、好きにしろよ」

「おまえはなにしてんの」

「水浴びや取り合いには混ざらない」

「えー、ずるい」

「寒いだろうが!」

「ですよねぇ」

「おしくらまんじゅうみたいなもんだろう」

「言っとくけど、別に走り回って暴れたりしないからな。とにかく団子になって押し合いながらどこにあるかわからない袋を取り合って、手にたまたま触れたら握りしめるとか、そんなんだ」

「その団子の外側の人たち、相当寒いでしょうね」

「中のほうならマシかな」

「ほんとにやるなら、1週間前から身を清めてこい」

「なに。清めるって」

「精進料理」

「え」

「あたりまえだろう。肉、魚はいっさいだめ、動物性の調味料もだめ」

「じゃあもしかして、コンソメスープとか鰹だしとか」

「だめだめ。昆布だしだけ使ってろ」

カップ麺も?」

「だめに決まってる」

「あ、俺、無理だわ……」

 

ということで、なかなか興味深いお話でした。

一緒に仕事してる他の人たちがテレビで記者会見を見たそうで、すごい勇気ですねとか檀家はどうなんですかとか言ってて、なんの話、とテレビもなければネットもあまりみないわたしがズレた質問をした、というのが先日の話。そもそも坊さんなのは知ってたけど、そんな伝統ある寺だとは知らなかった。

なお、ほんとに田舎の檀家の少ないお寺さんなので、住職曰く、「寺で食ってない」そうです。食い扶持を稼いでるのは一緒にやってるバイトです。それで外野から口出しされてもねぇ。

 

鈴木さんは裸にふんどし一丁、似合いそうだと思いました。どなたか描いてくださっても責めません。