雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「学生たちの課題」

 

こんばんは。

ジャック&エレナシリーズを、遅々として読んでます。一日数ページどころか数コマという進み方なのでまったく進まないのですが、少し前に、ぶたじろうさんが描いてらしたオランウータンのアイコちゃんが、エレナのオランウータンだと初めて知りました。さすがぶたじろうさん、清水先生のモチーフをご自分の作品にも散りばめた上に、青池先生の原画展にも日渡先生の原画展にも遠路足を運んで、オタクの鑑です(ほめてます)。

 

日渡先生、アテナ2席から40周年が去年だったけど、今年もいろいろやってるんですね。清水先生も来年こそは……と期待が持てます(と自分を励ましてます)。

 

 

さて今日は、少し前についったにあげたおはなしの再録です。性格的に書いたものは一箇所にまとめておかないと気になる整頓魔なので。

ぽてとすさんのこちらのイラストから書いた、鈴薪です。

 

この髪の毛のふわふわ具合をおはなしにしたかったのですが、うまくいきませんでしたすみません。

ちょっと直そうかなと思ってたら1週間過ぎてしまった。そもそもあげたものがちょっと直したものだったし、短くまとまったやつは短くまとまったままがよいだろう、と思いました。

 

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学生たちの課題

 

 「薪。なに読んでんの」

 ゼミ合宿の夜、来た当初の目的はどこへやら、大部屋の同級生たちはセオリーどおり、カードゲームや恋バナに興じたあげくに酔っ払って潰れていた。雑魚寝の海の真ん中の薪は、入国管理法の改正ポイントについての議論と趣味の読書を同時並行でこなしていた。議論の相手はもちろん鈴木で、ふと声が途切れたタイミングで話が平行線の反対側に移った。

 「フォーサイス

 「嘘だろ。実地経験はまだないとか言っといて、めんどくさいロマンスかよ」

 「恋の実地経験がないとは言ってないし、これはハーレクインじゃない。パトリシアじゃなくてフレデリックだ、わかってるくせに」

 「おまえ、実地経験、あるの?」

 鈴木は当然のことながら、ふった話題とは違うところに食いついた。

 「あるとも言ってない」

 「なんだよ、教えろよ」

 「ここで?」

 「みんな寝てる」

 薪は行儀の悪い足を振り上げて、隣のゼミ生のハラに重力まかせに下ろした。

 「どぉおお! なにすんだ」

 「ほらな。寝たふりして盗み聞きしてる」

 「法学部きっての秀才ふたりの法解釈に耳をすましてたんだよ」

 踵蹴りの被害者は大げさに腹部を撫でた。

 「だったら教えてやろう。今度の改正は2019年に在留資格「特定技能」を設立し外国人に単純労働を認めて以来の大きな変更で、ポイントは――」

 「試験に出そうだな」

 「ノートとりたい」

 あちこちから声が上がり始める。

 「寝てないときか酔っ払ってないときか、酔っ払ってなくて寝てないときにしてくれ」

 「うるせーな、なんで夜中に法律の話してんだ」

 「そういう合宿だっつーの」

 「合宿の夜は遊ぶ時間だろ……」

 「色っぽい話のひとつもしないなら、俺はもう寝る」

 隣もその隣も反対隣も、順番に狸寝入りをやめ好き勝手を言って、アルコールの残り香に誘われて本物の眠りにまた戻っていく。ふたたび静かになった空気の中でページをめくる音がさわさわと鳴る。鈴木は寝返りを打って薪の顔を逆さまにのぞきこんだ。

 「ミステリのほうはどのへん」

 「核が落ちそうだ」

 「大丈夫だろ」

 「読んだことあるのか」

 「ないけど。おまえの手の中の世界がたやすく滅びるとは思えない」

 改正法も物語の中の戦争も、現実もフィクションも、薪が語るとその唇から世界が紡ぎ出される。

 なんだよその理屈、と創造主は無表情に意識をハードカバーに戻した。鈴木は指に触れた柔らかい髪を、自分の手の中の滅びない世界のようにそっと撫でた。

 

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