雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「あなたに降る光」

 

こんばんは。

今日、地元の城跡公園を散歩していたら、木の実が落ちてきました。見た目は栗っぽい、でも栗じゃないやつ。そもそも栗にしてはデカイ上に明らかに固い外皮がついてるし、っていうか栗の木のあのニオイがしない。

まあこいつはトチの実というやつだろうな、と知識が半端ななりに見当はついたのですが、秘密兵器を持ってましたもんで、調べました。

以前もご紹介した、樹木検索図鑑です。

www.chiba-museum.jp

 

木の実が落ちてきた樹木はこちら。

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この葉っぱなどの情報を元に調べます。

 

樹木図鑑の「概要」について、上から順に、

1場所:北東北

2植栽(公園)

3樹形:主幹がある

と、ここまで選んだところで候補は51種類あったんですけどね。

次に「葉の特徴」について、

1掌状複葉(小葉が掌状についているもの)

を選んだとたん、一瞬でトチノキに同定されました。

このサイト、相変わらずすごすぎる。

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とはいえ実はこのあと公園を数メートル進んだら、「トチの実が落ちてきます。注意してください」という看板を見つけたんですが。どう気をつけろっつーんだ。

 

 

散歩が楽しかったので、青薪に変換しました。特に盛り上がりのない小話ですけど、燃料不足の事態のにぎやかしに。

現実の公園では、雨垂れみたいに次々実が落ちてきたりはしません。でも間違って当たったらやばそう、という雰囲気はありました。

 

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あなたに降る光

 

 

 ゆるく見えた坂道も、ぶり返した残暑の中でのぼればけっこうな運動になる。歴史公園100選に名前があがっているという城跡にはもう石垣しか残っていないが、地方都市にあって人もまばらなかつての名城は、そろって出張した帰りの新幹線までの半端な空白を過ごす散歩には、時間も風もちょうどよかった。

 二の丸からぐるりとまわってまた少しのぼり、震災で崩れたという騎馬像の台座を通り過ぎて、本丸のあったてっぺんにたどり着いた。ふと触れた指先がつながれ、薪の手に力が入りふらついた気がして、疲れましたか、と声をかけようと顔を向けたときに、反対の肩先をひゅっとかすめてなにかがカツンと落ちた。

 「わ、あぶな、」

 「危ないのは浮かれてるおまえのほうだ」

 ぐい、と腕を引かれてもつれそうになった足の、その一秒前に踏んでいた地面に、また別の実が音を立てた。

 「なんですかこれ」

 「書いてある」

 促されて視線を回せば、『トチの実に気をつけてください』という目立つサイズの注意書きがあった。その気になって耳をすますとあちこちで、コツ、カチ、とまばらなねいろが聞こえる。樹木の高さはかなりある。

 「当たれば痛いぞ」

 「それはいやですね」

 勢いで強く握っていた手にさらに力を入れ、青木は小走りに足を速めた。薪はあまり危機感のないようすでついてくる。

 「トチモチって知ってるか」

 「知りませんし今は別に知りたくありません」

 「トチの実を渋抜きして作るんだけど、これがえらい手間で」

 「よっぽど食べるものがなかったんでしょうね」

 「なにを言う、ユネスコの食文化創造――」

 「てっ。ちょっとかすりました」

 「ちなみに渋は塗り薬にもなるらしい」

 「薪さん、もうちょっとまじめに歩いてくださいよ。怪我したいんですか」

 「そんなわけないだろ。そもそもそっちこそ僕が注意を引くまで気付きもしなかったくせに」

 「だからってのんびり知恵袋みたいな話をされても」

 「おまえが普段ボンヤリしてるのに合わせたんだ」

 「オレはいいんです、いざとなったら骨が固いんで。あなたにぶつかったときが大変でしょ」

 「僕には絶対に当たらない」

 「なに超能力があるみたいなこと言ってんですか、科学者が」

 「僕には絶対に当たらない。葉ずれの音で落ちてくる前にわかるし、おまえが弾除けになる」

 「そ――」

 くだりにさしかかって分かれ道に出た。右へ下りればひらけた運動場に、左へ曲がれば風情のある池の縁の道に続く。後者はまだ頭上に注意が必要だ。

 「「そ」?」

 「そ、そんなこと言うと、抱いて走りますよ」

 「やってみろ」

 握りしめる青木をふりほどいて、林の側へ駆け出した。

 いやだめだ、抱いたら横倒しになって上から見た表面積が広くなる。おんぶなんかしたら俺が守られるほうになっちゃうし、ってあの人ずいぶん普通に進んでくけど、マジでなんなの超音波でも出してんの。

 「障害物探知機とかついてるんですか」

 「知らなかったのか」

 知らなかった、こんなふうにふざけてあとを追わせる背中は。木洩れ陽に髪が光って、濃い緑の影の中で金色に輝くのは。ほそくてせまくて、でもりりしい、すっとした美しい後ろ姿が、子供みたいにはしゃぐのは。

 「待ってください薪さん、走っちゃ危ない……じゃなくて、あなたひとりじゃ危ない」

 「ならひとりにするなよ」

 池に落下した一粒が大きな波紋を作って水鳥を驚かせた。

 まさかいつかみたいに、新幹線まで一気に抜けるつもりかな。冗談じゃない、大通りに到達する前に絶対つかまえてやる。

 青木は静寂を破る足音を立てながら、ほそい手首に腕を延ばした。

 

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