雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「回遊する想いたち」

最近一日中運動会で大暴れのチーム室長さんズ、こんなに頼りない時期もありました。

 

 

10月、11月の2か月間、総務省統計局の全国家計構造調査に当たって、せっせと家計簿をつけていました。手書きで。今月初めに調査員という名の地域の担当者がそれを回収に来て、やっと終わったー。

と思ったら青薪で書きたくなった。 ←ひたすらなんでもネタにする人

 

料理、調査、薪さんの脳内、たまに勃発する弊社のバカップルの片割れの薪さんと、いろいろとりとめのない展開をしていますが、とりあえずほのぼのと幸せなふたりです。

 

 

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回遊する想いたち

 

 

 薪のマンションについに中華鍋が持ち込まれた。小型ではあったが、せいぜい月に1、2回しかまともに使われないキッチンの装備をいったいどこまで充実させるのか、と呆れ返る。そもそもこの僕にいったい何を食べさせるつもりなんだろう、と警戒していると、

 「ギトギトの油炒めなんかしませんから安心してください」

と言いながら青木が準備したのは、なんと揚げ物だった。

 この年下の恋人は、自分が確信を持った件に関しては、こちらの意見も聞かずに突っ走る傾向がある。僕の胃がやられたら後悔するのはおまえだからな、と好きに作らせたが、夕食は調理人の自信を受け止めて、まずまずの出来だった。

 衣に煎茶を加えたししゃものフライに、熟した柚子を絞る。付け合わせは青梗菜のおひたしに、芹のたっぷり入ったすまし汁。青木はこの家で厨房内に立つときには、必ず旬の食材を使った献立を、野菜と魚中心に一汁二菜で組み立てる。そのことを意識すると顔があげられなくなるので、ほんのちょっと塩気が強いとかもっと熱いうちにもらいたかったとか、薪はわざとあたりさわりのないぞんざいな評価をつける。青木はそれを、ほんとですね、気をつけます、などとひどく嬉しそうにニコニコして受け止めるのだ。

 食後に膳を下げたあと、週明けのおかずにできるようにと、買いすぎた回遊魚を使って青木が南蛮漬けを仕込み始めた。なにかやることはあるかと聞いた薪に、スマホとレシートを差し出して、登録をお願いします、と頼んだ。

 この年末の2か月、総務省統計局の全国家計構造調査に当たったのだという。提示された専用のページからカメラに接続し、今日の2枚の伝票を撮影する。登録はほとんど自動で、「消費税」「非自宅用」などのボタンをいくつか押した。まだエラ族と格闘している姿を上目で見て「マイページ」をスクロールしたところ、クレジットカードや電子マネーと連携して統合した、消費行動が一覧できる表にたどり着いた。

 今日の材料。昨日の飛行機のチケット。先月の出先での土産代、レンタカーと高速道路の料金。大声でも小声でも言えない購入品もいくつかある。それ以外はごくごく常識的な項目しかなかったので、自分に関係する青木の動きがゴシックみたいに浮いて見えた。無作為で匿名の調査とはいえ、こんなにダダ漏れではめまいがする。毎月の支出欄に携帯電話の料金が記入されていないのを不思議に感じて、こちらから買い与えたものだったと思い出した。

 僕たち、思ったほど会ってないんだな。でも意外にいろいろ共有してるんだな。一緒にいる時間は長くなくても、それを少しは忘れていられる程度に濃密に過ごしてる。ふたりで買い物して、おまえの料理を眺めて味わって、笑って、びっくりするくらい無意識に幸せを感じてる。僕たちは手をつなぐたびに、僕たちの場所へ帰ってくる。そうして今年も、なにごともなかったように暮れていく。

 「あまりからくないのがいい」

 「ぬかりありません」

 ほら、おまえは僕のことならなんでもわかる。明後日あたりにひとりで食べるときも、今日のこの時間を思い起こせば、きっといつもの平日の夜よりちゃんと食欲が出るはずだ。どんなものを食べているか言ってみなさい、あなたがどんな人間か当ててみせよう、と語った昔の美食家は、僕の口を通る日々のものを知って、青木の意味を見抜くんだろう。

 「ねぎと玉ねぎを両方、人参も多めに入れておきますから、これだけで野菜もとれますよ」

 「米はどうしたらいいんだ」

 「無洗米です。それくらいご自分でやってください」

 「味噌汁は」

 「普段そんなもの飲まないくせに」

 「飲みたくなったらどうすればいいんだ」

 「なに甘えてるんですか。俺が作りに来ないとダメですか」

 「そうだな」

 青木が手を止めて薪を見た。

 「ご存知かどうかわかりませんが。愛してますよ」

 「……ふうん」

 「だからもうちょっとだけ待っててください」

 「待てない。手伝う」

 「こっちに来ると、あなた洗い物じゃなくて俺に手を出すでしょ」

 そんなわけあるか、それはおまえだ。

 薪は立ち上がってキッチンの中に入り、長身の後ろに立った。自分が戻るべき場所に立った。

 「ここで待ってる」

 青木が包丁を取り落とした。生意気な若者は、結局そうやってコントロールする側ではなくされる側に回される。さあ早く手を洗わないと、ふたりとも大変なことになるぞ、と薪が宣戦布告をした。

 

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