誰かの奥歯の乳歯が落ちてました。
今夜(13日の金曜日)は中秋の名月だそうなので、お月さまのからむおはなしを上げます。先日の「暴風域」の翌土曜日です。
金曜日の薪さんはちょっと意地悪に八つ当たり気味でした。土曜日は少しだけ沈んでます。ふたりとももうちょっと頑張れ、っていう感じの、付き合い始めて1、2年のまだ落ち着かない頃です。 なげーよ……でも薪さんアレだからいろいろ大変なんです
地上監視システムHS―Ⅱはこちらをごらんください ↓
※ コミカライズしてくださったツブさんの超絶美しい薪さん(のハダカ)がこのリンクからたどれますので再宣伝しておきます。
あれですね、いまうちにひどい体調不良の猫さんがいて落ち込んでるので、そのせいで話もそんな感じになったのかな。
でももしかしたらうちの青薪、ベッドか風呂に入ってないとモメる傾向があるのかもしれない。 そんなのヤダ
ということで後半ちょっとだけ暗めの話ですみません。
でも寝間着シェア妄想入れました。絵で見たいです。 ←しつこい
水玉に耳が生えた「ねこたま」っていう柄もあるんですよ。ところどころねこたまになってるピンドット(←見えないだろう)、着せたい。悶える。生体の妄想を映せるMRIがあったらこの画をシェアできるのに! それはそれで世の中が大変なことになりそうな気もする 仕方ないので自分だけ脳内で楽しんでおきます。
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力学の月
そこにあるはずの温もりに、腕を伸ばしても弄ってもとどかない。青木が目を覚ますと、ベッドの中には自分ひとりだった。軽く寝落ちしたらしい。薪さんはどこだろう、と横たわったまま意識を研ぎ澄ませて家の中のようすを探る。水の音も、最近の彼のお気に入りのドビュッシーも聞こえない。だが空気に温度と湿度の混ざった流れがあることに気づいた。
起き出して着るものを探す。この部屋にはいつの間にか、サイズの違う着替えがだいぶ備わっていた。急に時間の都合が変わった時に荷物を気にせず来られるようにとの配慮からで、いくつかは家主が、いったいどこでどんな顔をして購入したのか想像もつかなかったが、揃えてくれていた。今日はまだ足を通していなかったパジャマは、わざと中途半端に開けたままの引き出しに鎮座していた。こんなときは上を取られている。この長駆から離れて小柄な人が着ると絶妙にアンバランスな丈を、どういう理由からか気に入ったらしかった。俺に買ってくださったんじゃないんですか、と何度か返還を要求したのは、それがなかったら脇腹の傷を隠しようがないからだった。薪に言わせれば「いまさら」らしく――自分は行為の最中に肌に注がれる視線をいまだに遮ろうとするくせに――、過去に一度青木の軽率な発言に激昂した以外は、むしろ青木が「死ななかった」ことをその痕で確かめようとしている節もあった。
下だけ穿いて寝室を出たところ、リビングの空気がもわりと湿気っていて、開けた掃き出し窓の縁でカーテンがはためいていた。台風が残したぬるい空気も夜になってだいぶ冷え、悪天候のあとの晴れ間に訪れる一種独特な落ち着きのない静けさが、ベランダに立つ背すじにまとわりついている。風はまだ時折強く吹き、寝間着泥棒の白い後ろ姿を頼りなく揺らしていた。
内と外の境目に身を置くと、薪が気づいて振り向いた。まだ空を覆うまばらだが厚い雲の切れ目から、空中回廊のようなこの部屋を満月が照らしている。立ち尽くす長身が動かないのを見て、月光に浮かんだ佳人が訝る声を出した。
「おまえまさか」
「違います。怖いのは高さじゃなくて月です」
闇に穿った真ん丸い穴から、魔物が手を伸ばしてくる錯覚を覚える。ほんのわずかずつ遠ざかるあの光の玉が、秘密を抱えたまま何十億年もかけて触れない距離にあとずさっていく。
「あなたを連れ去っていきそうで」
「だったらなおさら、僕を捕まえておかないとだめなんじゃないのか」
青木は観念して外に踏み出し、まだわずかに火照りの残った胸に狭い肩を抱いた。
「俺もあなたもこんなかっこうですよ」
「この高さで誰が見るっていうんだ」
「監視衛星とか」
「HS―Ⅱなら屋内にいたって同じだ」
そうだった、と自分の浅はかな懸念を恥じる。
「何してたんですか」
「月が、怖くて」
「あなたもですか」
「おまえとは違う理由だと思う」
そうだとしてもそれも青木にはわかった。
円形の虹が流れの速い雲を透かして見えた。頭上の翳の濃淡がふたりで佇む狭い空域に反映して夜を鎮める。曇天の闇に紛れてしまえば、あんなに強く輝く物体が裏に隠れているとは信じがたかった。
「見えなくてもあるって言ってたのは、星の王子様でしたね」
「見えなければないって言ったのは量子力学だ」
「「あなたは、あなたが見上げているときだけ月が存在していると信じますか」」
物理学者の問いかけを薪が肯定しないのは、予想外だった。
「どうだろうな」
「明日にはあの天体も、魔力を失って元の姿に戻りますよ」
「……明日は * * * くせに」
そのつぶやきが途切れ途切れに青木の可聴域をかすめたのは、たぶん彼の失敗だった。衛星を見て泣いていることをどうしたって気づかれたくはないだろうと思えば、抱く腕をゆるめるわけにはいかなかった。
この人はこんなに確かなぬくもりをもってここに存在しているのに、まだ時々すべてをなかったことにするような、そんな危険な企みの気配を漂わせる。強い煌めきに照らされていると、からだの輪郭が低い気圧に溶けて腕の中から消えそうだ。つかまえているあいだだけ存在している、そんなことは認められない、絶対に認められない。
「還らないでください」
この人を愛し抱いて以来、自分からは手放さないと誓った。だけどそれでも俺はこの人をおいて、明日はこの空のもとを離れる。この人をひとりにして、この人のもとを離れる。
「還らないでください。月に」
精一杯のことばで薪の孤独を代弁する。そう言えば意地っ張りな恋人が、顔をあげて強がって反論し、青木の意気地のない背中を押してくれるのを知っていた。
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