週末の出張は、土曜日は予定通りだったのですが、日曜日の予定が台風の影響で中止になり、遊んで帰ってきました。
帰りの新幹線で頭痛を抱えながら妄想した、台風物語。多少なりとも被害を受けた方が読んでませんように(すみません)。東北地方は台風なんか滅多に来ないので、今日も暑いだけでしたし、あまり実感がないんですよね。
青木がエラそうにしてます。たまにはいいかなと思いながら書きました。
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暴風域
「……はい」
電波でつながった端末のこちら側から出したその声に、かけてきた当人が反応しない。沈黙に訝しむ声が重ねて尋ねた。「青木?」
「ビデオにしてください」
容赦ない要求を、今度は薪が沈黙をもって無視する。最初の一言で状況に気づくなんて、なんてカンのいい奴だろう。
「何してらしたんですか」
「……休んでた」
「どこで」
「うちで」
「おうちのどこです」
「ソファ」
「風呂上がりでしょう」
薪は再び黙り込む。
「どうして同じことをそんなに何度も繰り返すんですか、b」
付け足されそうになった非難の言葉はかろうじて飲み込まれた。薪は舌打ちした。青木がそれを口にしたら、意地悪く切ってやる口実になったのに。
「何の用だ」
「台風のお見舞いです」
「出勤停止になっただけで、見舞われなきゃいけない被害はない」
電話そのものが迷惑であるかのような口調で薪は言った。「岡部ネットワークだな」
昨夜は第三管区の「第九」全体が、空模様を見ながら遅くまで残業した。交通機関が麻痺予告してるんだから残務処理なんかで出てこないでください、明日は俺とほか数人でどうとでもします、アンタが来ると他の連中も来るし帰れなくなるし邪魔なんですよ、とたまった有給休暇を強制的に消化させられたのだ。週の始めに大きな事件が片付いたところで、室長の提案に無理はなかった。そこで一夜明けた金曜日の今日、薪は凝り固まった首・肩・背中から腰をほぐそうと、自宅の窓から重苦しい曇天をあきらめ顔で眺めて、遅い寝起きの風呂に入っていたのだった。
「台風とおまえが悪い」
「なんの八つ当たりですか」
「三連休になったって、飛行機が飛ばないんじゃ自分で風呂を用意するしかないだろう」
「東京の湿気と残暑ですよ、長風呂にするなら36度以上はダメだって散々教えましたよね」
「それにおまえが外でサウナとかに行くなっていうから」
それは事実をだいぶ端折っていた。薪にとって風呂が休むための場所であっても、運悪く居合わせた周囲の男たちにとっては事情が違ってくる。激務続きの仕事帰りに鈴木と寄ったスーパー銭湯の従業員で、この美貌の男性と当時の騒ぎを覚えていた者がいて、入場を拒否されたことが割と最近あった。それを愚痴のつもりで話したら、青木は銭湯サイドの肩を持ち、外で服を脱ぐことそのものを薪に禁じたのだった。
「俺のその指示は正しいです。そこは譲れません」
遠方の恋人は強気だった。「むしろ鈴木さんが俺と同じことをしなかったのが不思議です」
「あいつはおまえと同じ目で僕を見たりしてなかった」
こいつだいぶ図々しくなったな、と思う。「っていうかほんとに何の用だ。第八は仕事中だろ」
「明日の羽田便は始発から平常運行だそうです」
「……午前中から来られるのか」
「はい」
「じゃあ食材も持ってこい」
「それは構いませんけど。今日は何を召し上がるおつもりですか」
「おもての喫茶店に行く」
許容範囲だろう、とひどく偉そうに宣言する。今夜予定外にひとりになった自分を気遣って青木が連絡してきたことに、やっと思い当たったのだ。
「閉まってるんじゃないですか」
「――あ」
「それにあなた飛ばされますよ、台風に」
揶揄でないことはわかったが、だからこそその本気の心配に腹が立ち、容赦無く電話を切った。
明日来るならそれでいい。昔は素直にしっぽを振るばっかりだったのに、ずいぶん生意気になった。未練がましい会話なんかしていないで、台所でも磨いておくか、と思う。
自然災害はこちらの都合におかまいなしにやってくるので、リズムを乱されることに腹が立つ。実はデートの邪魔をされたからイライラしているのかもしれないということに、薪はあえて気づかないふりをした。
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コロネに詰まってる、我が家の体調不良の家庭内野良さん。台風とは無関係です。