雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「デイリー・メール」

 

今日の昼間、誕生日ネタをなにか思いついたんですが、そのあと急ぎで保護猫関係の投書を書いてたら、誕生日のおはなしはすっかり忘れました。なにか込み入ったやつで、1週間では無理だな、と思った記憶はある。

もともと記念日に興味関心がないし、今年も無理そうです。一般によくあるように冬だから鬱傾向になるわけではなく、今年はとにかく後半忙しくてほぼ毎日出勤しているので(※世間で普通のことがわたしには普通ではない)疲れてる、んだと思います、たぶん。よそさまの作品を楽しむにとどめます、薪さんごめん。

 

さて誕生日話はないのにそうでないのは書く。

なにか書きたいなと思って診断メーカーを回したら書けそうなのが出たので書きました。また風呂の話です。

診断メーカー 〇〇を使わない140字小説お題

この診断メーカー、筆者つまり自分の名前を入れるべきなんですかね。よくわかんなくて毎回「青薪」「鈴薪」って入れちゃうけど。

例によって140字でもなければ、テーマの中心でもないです。

 

今回薪さんはデクスターを読んでいます。以前も読んでました。

SS「めざめ」

なんで今回デクスターを使うことにしたのか、ほんのさっきのことなのに覚えてない、理由がわからない。まあいいんですけど、デクスターは大好きな作家なので。また最初から読み返そうかな。

 

薪さんが一度読んだ本を何度も読むとは思えないので、未訳の短編が載った古い新聞を手に入れたことにしてます。タイトルはその新聞から。

で、書き終わってからふと、ネットに載ってんじゃね、と思って検索したら、あったよ〜〜やっぱり! いい時代だ……

morseandlewisandendeavour.com

薪さんは「新聞をわざわざ送ってくれた人がいたから」わざわざ新聞で読んでいる、ということにしておきます。

 

 

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デイリー・メール

 

 青木が風呂の準備をしているあいだに読んでいた話が佳境に入り、せっかくの湯が少し冷めてしまった。僕はオックスフォードの友人が送ってきたデクスターの未訳の短編が載った古い新聞をやっと置いて、青木に服を脱がされながらべらべらと作品を解説し続けた。

 「謎解きの場面でいかにもな被疑者を責め立てておいて、実は真犯人は他にいる、っていうのは常套手段だけど。モース警部はちょっと違って、事件の初っ端から論理の飛躍した仮説を堂々と展開するんだ」

 髪を、つまさきを、背中を、首筋を、心臓に向かって丁寧に洗われる。あなたが自分でやると意外にがさつで強くこすりすぎるし、と手のひらで磨くように、骨格をなぞるように。あいづちに促されてホームズと並ぶイギリスの名探偵を語るあいだに、本来浴室でするべき仕事はすっかり片付けられて、僕たちは湯船に沈んだ。

 「あなたとは違うタイプの刑事ですね」

 「おまえもイギリスの古典くらい、読め」

 「古典って普通、チョーサーとかシェイクスピエアとか、せいぜいディケンズとかじゃないですか。ミステリならドイルかクリスティでは」

 「うるさいな、僕はデクスターが好きなんだ」

 まあそういう思考の展開の仕方はあなた好みかもしれませんね、と三助が生意気なことを言った。

 「だって結局、最後には正しい犯人に辿り着くんでしょう」

 「そりゃミステリだし、主人公は警察官だし。忠実な若い部下もいるし」

 最後のは謎解きと関係ないんじゃ、と言いかけてやめた青木は、僕を後ろから抱いて耳の近くで囁いた。

 「ワーグナーを愛する天才を、その忠実な部長刑事はちゃんと理解してたんですかね」

 なんだ、読んだのか。黙って、いつのまに。

 「さあな。でも心の底から敬愛はしていた」

 やっぱり生意気だ。料理も洗濯も風呂の掃除もやって、僕の好きな本までこっそり読むなんて。

 「追い焚き、しなくて大丈夫ですか」

 「これでいい。まだしばらく出ない」

 「ええー……」

 「おまえの減らず口に説教がわりに、さっきの短編を朗読してやる」

 「えっ」

 ばしゃりと水音を立てて肩を掴まれる。「覚えてるんですか」

 「いまなら、まだ」

 「英語なのに?」

 そこかよ。ドイツ語でもいけるぞ。

 「おまえまさか、聞いてもわからないとか言うんじゃないだろうな」

 「イギリス英語にはなじみがないので、なんとも」

 ほんとに生意気だな。こいつ、話が終わる頃にはのぼせてると思わないのかな。

 僕はいい気分になって姿勢を倒し、背中を胸に、頭を肩にあずけた。くっついていると湯温も体温もだんだん均衡してきて、ゆらゆら揺れながら頭がふわふわしてくる。青木がいれば沈みそうになっても抱きとめてもらえるし、ベッドまで運んでくれるので安心して眠くなれる。

 この忠実な部下を少しばかりはらはらさせながら、強気な態度で偉そうに甘えるのが好きだった。とろんとなるのはむしろしっかりしているはずのこいつのほうで、僕を存在ごと媚薬扱いして、酔ったようなまなざしで煽ってくる。いつまでおとなしく話を聞いていられるか、どっちかが熱くなりすぎるのが先か。ぬるい温度に浸かっていると、今夜は僕がたやすく勝つのは確実な気がした。もちろんこのまま、しばらく本気で暗唱を披露するつもりだ。

 

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