雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「巣立ち」

 

相変わらずイカMacBookのデスクトップ、みてやってください。

コースター:

 

一筆箋:

 

 

今日は久々についったにあげてきました。

あと数日だからなにかしないと!!という欲求に駆られて。もちろんテーマは「あと三日!」です。

季節外れもはなはだしく、しかもまた風呂。だってうちの薪さん、風呂だと機嫌がよくなるんですもん。

 

折り畳みのあと、ちょっと手を入れたバージョンです。

 

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巣立ち

 

 

 青木がいつまでも風呂から出てこないので覗きに行くと、果たして件の男は、湯船に身を沈めて抱えるように膝を立て、少しぼんやりとして見えた。脱衣所から入った冷えた空気に頬を撫でられても、入口のドアパネルにもたれかかって立つ恋人を上げた視線で誘うように、無言で顔をあげただけだった。

 諦めた薪が服を脱いで向かい合わせにからだを下ろすと、物思いにふける輩はやっと口を開いた。

 「ここしばらく、卒業式とか引っ越しの支度とか、バタバタしてたんですけど」

 「うん」

 「ここにいたって実感が湧いてきたというか。あなたの顔を見て、日常から切り離されたからでしょうね。この状況をちょっと客観視できたというか」

 「三日前になって、やっとか」

 成長の節目には口を噤むしかない時がある。この喜びを分かち合うはずだった、もうこの世にはいない人々の思いが胸に去来するからで、それを言えばお互いが個々に自分を責め、結局は無言でいることになる。

 今日はそこを踏み外した。素直な喜びと、青木の感じるかすかな喪失が伝わってきた。

 「あの子は立派に育ったよ」

 「それはもちろんです」

 「巣立ちが予想より早すぎて、寂しいんだろ」

 そう言う僕はドライだろうか、と自分こそこんな時に思い至る。早くに親を亡くした者同士、などという感傷的な親近感ではなく大事にしてきたつもりだったが、青木に出会わなかった場合にあったはずの彼らの団欒を想定して再現するのは、おこがましいとしか思えなかった。

 それなのに。

 「明後日の夜、食事に付き合ってもらえませんか」

 「――舞と?」

 「はい。3人で」

 一瞬のためらいも与えないような自然な流れで青木は続けた。「倉辻の人たちとは入学式のあとに合流して、盛大に食事をするので。前日には水入らずで、ゆっくりしたいんです。家族で」

 こいつも相当図々しくなった。娘ともども甘やかして放置してきたせいで、平気でそんな呼び方をする。

 「当の舞はいいのか。叔父さんの上司なんかが一緒で」

 「式に参加できる保護者はひとりですからね。せめて当日の立派なスーツ姿をあなたに見せないと、俺が口をきいてもらえなくなります」

 「……ありがとう」

 「それは俺のほうです。いままであの子を、見守ってくださって。俺たちのそばにいてくださって」

 手に手をとられて、ぱしゃりと水の音がした。「生きていてくださって。ありがとうございました」

 否定しても遠ざけても、手放してくれなかった。青木はまだ何か言いたげだったが、これ以上それを許せば思い出があふれてしまいそうだ。ただ黙って見つめて近づくことで、薪はいまこの時の喜びと、目の前の男に心をあずけた。

 

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