もう少しなにか書こうと思って短歌を眺めていたら、前回のなにも起きないおはなしの続きになりそうな短歌を見つけたので、書きました。
無印10巻のこれを踏まえたおはなし。
これは既に青木のお姉さん夫婦の殺害後で薪さんには余裕はまったくありませんから、もっとずっと前から、岡部さんが送り込まれてきたときからカウンセリングを義務付けられてると想定して、もうちょっと余裕ぶっこいてる薪さんです。あの頃のこの人にそんな時期があったとはあまり思えませんけど。
でも少し悪ぶってみせてるよ。前回よりはオチのある話になりました。
※ あーこの頃の薪さんはネクタイしてなかった。と気づいてちょっと直しました。
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空間の鳥Ⅱ
「で、その日以来僕の家の玄関には、鳥がいるんです」
ソファに横になり靴を履いたままの脚を行儀悪く空中でぶらぶらさせながら、薪は話を締めくくった。リラックスできる姿勢で、と言われたことはただの言いわけで、自分がこの面談にまったく本気でないどころか時間をとられてイライラしていることを露骨に態度に出していた。
「それが? 亡くなった鈴木警視との一番の思い出と言われて出すのが、それですか」
「信じないんですか」
「カウンセリングはクライエントの話を鵜呑みにする場ではないんですよ。会話が成り立っていないとわたしが判断すれば、休養を勧めます」
僕がここでキレて暴れたり倒れたりでもすれば、さぞかし都合がいいんだろうな、と内心で嘲笑う。そうなりそうな鈴木との過去を根掘り葉掘り聞いてくるのも、作戦のうちとみた。日本の精神医療は対話そのものが治療の一環だという意識にまだまだ欠けているが、治療とは逆の方向に利用されるとは、こいつらの職業倫理はどうなってるんだ。
「眠れていますか」
「ぜんぜん。仕事が忙しいんで、帰れもしません。「第九」の仮眠室で横になれればまだいいほうで、たいていはモニタの前か、室長室のソファで休憩する程度です。こんなふうに」
薪は自らの思惑でセッションを終了する合図として上半身を起こした。緩めた襟の第三ボタンまで開いた胸元の、防弾チョッキを身につけていない白い肌に、医師が息を呑んだ音がした。
「ね、先生。僕、我慢の限界なんです」
「そう、だろうね」
「毎日毎日ひどい画ばっかり見させられて、うんざりなんです。発散するものが必要になっても道理ですよね」
「うん、まあ、わかるよ」
「アレが欲しいんですけど」
「……なにが」
「眠れるか聞くから。そのつもりだったんでしょう」
「そ、そのつもりって」
「軽いやつでいいんです。眠剤を」
薪の唇を見つめていた目がさっと凍った。目の前の患者が座っているのがベッドではないことに気づいたようだった。
「ほかになにかくださるんですか」
「い。いや」
「僕、かなり頑張って働いてるんですよ。上司はわかってくれないんですが」
「大丈、夫だよ、ですよ。また来週もその次も、ちゃんとここに通ってくれば、わたしから「疲れてはいるけど問題ない」って報告しておくので。処方箋も」
「お願いします」
総監への報告が「異常なし」なら、もうここに来る理由はない。さらに一押しして担当医に「あるまじき感情」を抱かせてもよかったが、からかって面白いのはここまでだ。
「第九」はいまや守るべき場所であり、鈴木とのつがなりを感じる、鈴木の脳の記憶が眠る場所だった。政治的策略なんてものに汚されてたまるか。
カウンセリングルームのドアにたどり着く頃には、凛々しい背中は既に他のどんな感情も寄せ付けなかった。今夜は家に帰って眠ろうと思った。鳥の夢を見たかった。
はじきだす錠剤ひとつドクターに話す昨夜の鳥の像(イメージ) 加藤治郎
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