雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「美しい歯形」

 

こんばんは。

上半期の大きい委託仕事がだいたい片付いて、それと猫家事にかまけてためておいた別の仕事をせっせと片付けています。あと少し、あと少しでちょっと楽になるんだ、がんばれオレ。

ちなみにコロナ前からの懸案だった新部署は、4月が5月に、7月に、と延びて延びて、9月発足が一応決定しました。でも予算がないから人は当面雇えないとか文句言われた。あのなー、何度も言うけど決定権のない事務方が決めるな。

 

とにかくでかい仕事とたまった仕事の狭間で、これ以上仕事ばっかしてられるかオレはオタクなんだ!!とばかりに勢いで書いた仲良し学生鈴薪。なにもしてません。勉強すらしてない。あまりおもしろくないですが放置するとまた埋もれて機会を失うから、まだ鈴薪月間だし、あげてしまいます。可能であれば次の記念日までもうちょっと頑張ってみます。その勢いづけも兼ねて。

 

いま、仔猫にクチをなめられながらこれ書いてました。おいしいものが出てくると思ってんのか。ごはんあげるから待ってて。

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美しい歯形

 

 偏見なのはわかってるんだけど、と鈴木が切り出した。

 「北米産のものって、でかくて大雑把、ってイメージがあってさ」

 「あながち偏見でもない。だいたい北上するほどデカくなる、リスも熊も人間も。寒さに打ち勝つには体積比表面積を小さくする必要があるからそれで」

 「いまは食い物の話をしてるんだけど」

 「ぴったりじゃないか」

 薪は鈴木が持ち込んだ、妹に持たされたという手土産を受け取った。「おまえに」

 「え。つよしくん、俺のこと、そんなふうに見てんの」

 「僕じゃなくて。妹さんにそう思われてるんだろう」

 確かにな。裾も袖口もつんつるてんの喪服を着て電車に乗ったことをいまでも笑われるし、主席同然で東大に入ったくせに普通にいい人すぎるとか、殺されかけたことを古い和室の畳の縁に蹴躓いた程度にしか感じてないとか、あいつの俺に対する扱いこそ雑になった、とここのところの美波の言動を反芻する。

 台所に上がり込み流しに並んで立つと、薪は持ち込まれたアメリカンチェリーに加えて、冷蔵庫から桜桃を取り出した。

 「なんだ。あったのか」

 「ちょうどいいから一緒に楽しもう。言うほど大味かどうか比べればいい」

 ぷりりとした肌質の真っ赤な粒がまずは口に放り込まれる。はずされた茎が唇を離れて、果実の瑞々しい芳香がふわりと流れた。

 「種なしさくらんぼはいまだ存在しないって知ってるか」

 鈴木の問いかけを冷たい目で流しながら、薪は次につまみ上げた国産のひと粒を口に入れずに半分かじった。

 「この種みたいなやつはほんとは種じゃなくて、中にある仁を守ってる果皮だからだ。種をなくす技術を使ってもなくなるのは中身だけで、果肉が木質化した内果皮はそのまま残る」

 「薪。歯まで小さいんだな」

 断面図によって暴かれた〝種みたいなやつ〟を晒す指を掴んで、鈴木はしみじみ果実に見入った。「なにか特殊な波型の刃物で削ったように完璧な切り口だぞ」

 「ちなみに梅も同類だ。興味なさそうだけど」

 「これは桜桃だからだよな。他の果物だとなかなかこうはいかない」

 「なんでこんな小粒を凝視してるんだ」

 「おまえサイズでぴったりだと思ったら、なんかこう、意外で」

 「なにが」

 「身長以外は結構デカいから。靴とか、手とか、度胸とか。態度とか」

 「バカ言ってないで、食えよ」

 差し出されたのは海外製のほうで、横浜から電車で旅したそれは少々ぬるく、それゆえに香り立ちも悪くない。

 「ちょっと斜めに見てたけど、いける」

 「うん。じゅうぶんうまい」

 「さくらんぼってさ」

 「みなまで言うな」

 「味も食感も色も見た目も、奇跡的に最高な果物だよな」

 「おまえ、桃のときもメロンも、いちごも西瓜も全部それ」

 「安心しろ。マンゴーとラ・フランスとシャインマスカットでも言ってやる」

 「全部持ち込む予定なのか……」

 「もちろん」

 つながった枝を持ち上げ、鈴木はふた粒いっぺんに咀嚼した。「だって薪、無表情に喜ぶだろ、季節感のあるものを」

 この胃弱で少食の友人は、大学の課題であれ京大の研究の続きであれ、頭脳が佳境を迎えると「眠らない・食べない・喋らない」の「倒れますモード」に入る。一緒に勉強するために、あるいは論文に名前も載らない程度のちょっとした手伝いをするためにここを訪れれば、鈴木は学問以上に薪の健康と体調を、つまりは存在を危惧した。つまめる程度の菓子類を持ってきても手を出してくれないが、果物なら毎回ちゃんと消費するのはありがたかった。

 「まあそれに実際、ちょうど研究で忙しい時期だからありがたいのは事実だ」

 「おまえに忙しくない時期があるなんて、聞いたことねーぞ」

 鈴木の指摘は正しかったので、ふたりはボウルに盛った濃淡の果実を携えて勉強部屋に向かった。大粒のほうが雑かどうかの検証は忘れ去られた。

 

永遠を切り出すように美しい桜桃に君が残した歯形  鈴木晴香

 

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