雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

「しっぽのきもち」

 

こんばんは。

新年度が始まって、今週は毎日出勤してました。疲れるけどやっぱり働いてると癒される(???)。反動で週末はぶっ倒れてますが、自宅で仕事してるのとはやることが違うので、当分はせっせと出勤して働きます。

 

 

赤ちゃんの正式譲渡が決まりました、おめでとう! 新しいおうちで末永く幸せになってね。

ショートステイ先からもらってきたお気に入りのへびさん、新しいおうちでもお気に入りで、咥えて引きずって運んでるそうです。

 

生後9か月くらい。すっかりおとなと同じ大きさに見えるけど、ハーネスはわりと詰まってて、骨格はまだ細いです。男の子だからこれからがっしりしてくると思います。

 

赤ちゃんがいると赤ちゃんにとられてしまうため遠慮がちだった(←やさしい)岡部さん(猫)は、やっと思うぞんぶん毛玉ボールを独り占めできます。

 

お祝いにお話を書きました。というのは嘘で、先日病院の待ち時間がとっても長かったときに、たまってるやつのうちどれか片付けようかと開いたファイルが薪にゃんだっただけです。

書いた日付を確認したら、どうやらバレンタインデーを狙ってたらしいです。バレンタインデーとはなんの関係もないですが。

もう何度も書いた、起き抜けの青薪。というか青薪にゃん。平和です。

 

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しっぽのきもち

 

 昨夜たっぷりと愛し合った余韻の中で、それは満足したのは俺ひとりじゃないっていう希望的観測なんだけど、ふわふわした気配に包まれて意識の入り口を撫でられた。空気を含んだ柔らかさ、しなやかさ、つまさきに触れるこの感触は、これは猫の毛皮だ。薪にゃんだ。

 俺は上半身を起こして毛布をめくると、足元でまん丸くなって眠っている獣を見つめた。ハナをハラに押し込んで手で目を覆って、長いしっぽまでが頭から背中の輪郭に沿ってくるりと回っている。

 昨夜は無茶したかな。久しぶりだったからな。俺にもだんだん変身(?)のタイミングが掴めてきた。少なくともこういう朝のこれは、明らかに体力を使いすぎた回復形態なのだ。この姿のこの人に、いやこの猫に、俺は弱い。劣情も支配欲も全部どこかに行ってしまって、ただただ守ってあげたい、と時代錯誤なラブソングのような感情しか湧いてこない。そもそも猫ってのがずるすぎる、屈するしかないじゃないか。ダックスみたいな猟犬とか、柴や秋田みたいな頑固な日本産なら、大型犬の俺としてはまだしも余裕を持って構えていられるのに。気位が高くて振り向いてもくれないシャムでなかったことに、せめて感謝しておこう。

 「薪さん」

 俺は茶トラの、白毛が覗く横腹をそっと突っついた。

 「……あおき。おはよう」

 おはよう、だって! こんな機嫌よさそうな顔で。猫の形態だと幸運なことに、やりすぎなんだよ、と起き抜けに怒られたり蹴り飛ばされたりはしない。まあ手足も短いし、だいたい軽すぎて力が入らないし。気持ちよかったことしか覚えていないような幸せそうなトロンとした目で、ほわほわしている。これはこれで最高なんだけど、ちょっと脳内で人間に変換していいですか。

 「夢見てた。あったかかった」

 「あったかいのは夢じゃないですよ」

 「おまえのハラの横、硬くて寝心地が悪かったから、足元の広いところに移動した」

 体を鍛えても腹筋も、この猫にとっては邪魔なだけか。年下だし、情けないって怒られてばっかりだし、せめてもと思って頑張ってるのに。まさかセクシーだって褒められることを期待しては、さすがにいなかったにしても。

 「俺の寝相が悪いの、知ってるでしょ。危ないですよ」

 「蹴っ飛ばされそうになったから噛みついた」

 そういえば夜中になにかにかじられたような記憶があるな。爪が刺さった感覚も。それこそ夢かと思ってたけど。

 寝ぼけ眼のまま、薪にゃんはよっせと脚をよじのぼってきて、俺の太腿の上でだらしなく伸びた。こんなふうに四肢を投げ出して木の枝にぶら下がってるライオン、見たことある。ヒト科を動けなくする必殺技だ。

 「ごはん、どうしますか」

 「ん。食べる」

 「じゃあ起きましょう」

 「いやだ。まだ寝てる」

 「だったら下りてもらえますか。支度ができたらまた呼びに来ますから」

 「いやだ。離れたくない」

 どうしろっていうんだ、この幸福を。

 俺は薪にゃんを抱き上げて胸元まで引き上げると、そのまま自分も横になって枕にふたたび頭を載せた。小さい獣はもう半ば眠りに引き返して、ふんふんふにゃんとか、くくーとか、やたらとかわいい擬音を連発している。

 耳のさきっぽで超音波を集めているという房毛を突っついた。体の反対の端っこまでがぱたぱたと連動して返事した。頭のてっぺん、目のあいだ、ほっぺた、と猫がよろこぶところを順番にかりかりと軽く引っ掻くように撫でていけば、ほどなく喉がぐるぐるとくぐもった音を立て始めた。じっと見ていると薪にゃんはどんどん脱力して平たくなり、顎を突き出して鼻をフンスと鳴らし、本気で二度寝に入ってしまった。ひげが俺の鎖骨を、肉球が胸の脇を、しっぽがへそをくすぐる。俺は両手を丸いおしりに載せて、こんなに丸々としてるのは人間の薪さんの質量がぎゅっと猫に詰まってるからじゃないか、と無意味に馬鹿なことを考えた。無防備すぎて、安定しすぎて、ずっとこのままでもいいかな、と一瞬思ってしまう。いやいやだめだ、ちゃんと人間の形態に帰って食事して風呂に入って、凛々しい姿を取り戻してもらわないと。この人はいまこうして短時間俺のものでいてくれるけれど、本来は悪党をやっつけて世界のMRI捜査をリードする、日本警察の星なのだ。

 「薪さん」

 「……ん」

 「そのかっこうで捜査の指示出ししたら、めちゃかっこよくないですか」

 爪は子猫みたいに出しっぱなしで、耳は左右で違う方向の声を拾って、ぐーで殴るかわりに肉球パンチを繰り出して。

 猫所長の勇姿にうっとりした俺を、薪にゃんはしっぽだけでぴしりと諫めた。

 「この手じゃ無理だろ」

 おとこまえだなあ。そうだよな、モニタのタッチパネルは反応するかもしれないけど、マウスを転がすのは無理だろうな。それに世界中にこれ以上、ファンが増えても困るし。アイドル化してグラビア特集を組まれたり、ストーカーやパパラッチに追いかけられたり、誘拐されたり、するだろ、人気が出過ぎると。

 俺はまるで非現実的な現実の中で、現実的な妄想を終了した。春だし、ぽかぽかだし、愛してるし。ふたりでもうちょっと惰眠を貪って、休日の無駄な時間を延長しよう。それからこの人が美しくて立派なすべすべした体に戻ったら、俺は忠犬のまませっせと、こまごまお世話を焼くとするよ。

 

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