雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

「目も、手も、口も」

 

マンガパークでシーズン0の10巻が配信開始されました。

「プレミアムチャンプター」というやつは課金しないと読めないし、パークはスクショ撮れないし、わたしは紙も電子も買ってるから関係ないですけど、これ。


背景にちょこっと色がついただけで新鮮で、興奮した。←末期

お知らせページはスクショ撮っても怒られないので、みなさんのぞきに行ってください。

 

 

さて先日ぎっくりそうな予感がして危険だったフェーズ、無事乗り越えました。

 

これにえりさんがくださったお返事が今回の発端です。

ERI on Twitter: "@orie2027

それは大変💦せっかく珍しくお肉たくさん食べてくれたと思ったらって血相を変える青木が目に浮かびますね。薪さんは割と平然としていそうです…大丈夫だ、手も口も使える(ん??)とか言ったりして😅 赤ちゃんは元気で何よりですが☺️どうぞお気をつけて🙇🏻‍♀️

 

ここ&タイトルで期待したみなさん、すみません、先に謝っておきますが色気はないです。なにしろ書いてるのがワタシなもので。

でも上の、今回ご紹介?したパークの画像がちょうどいい挿絵になってるかも、といま気づきました。

長年「こんなネタで書けるか」と思っていた、薪さんの腰が危険なおはなしです。

 

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目も、手も、口も

 

 青木を出迎えた薪は姿勢が妙だった。気をつけていなければ気づかないほど微かに前屈みで、気をつけていても気づかないほど僅かに腰を庇っている。大男を伴いリビングに戻ると、そのまま客を放置して自分はソファにうつ伏せに横になった。

 「もしかして、どこか痛めたんですか」

 「痛めたというか。軽く腰を捻ったというか」

 「ありゃ。ぎっくったんですね」

 「なんだその動詞。そこまでいってない、軽く、捻っただけだ」

 「いつですか。なんで教えてくれなかったんですか」

 「教えてどうなるっていうんだ、管区が五つも離れてるっていうのに。そもそも日常生活に支障が出るほどでもないし、からだがちょっとくらい動かなくたって、目も、手も口も自由に使える。それだけでできることはいくらでもある」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……おい」

 不穏な沈黙のやりとりが続き、薪が伏せた姿勢から仰向けに胸を返して、低い体位で青木を睨み上げた。

 「はい?」

 「無言の理由を説明しろ」

 「え、あ、近くにいたらごはんを作ったりお風呂を沸かしたり、お世話できるのに、と思ったんです」

 「そんなの、腰を痛めてなくたってやってるだろ。ここに来たときはいつも」

 冷ややかな視線に射抜かれて、青木は泳いでいた目を固定させると、覚悟を決めたように白状し始めた。

 「あなたがからだを痛めて自由に動きづらいときに間が悪く遊びに来てしまってがっかりしていないと言えば嘘になりますが、逆に言えばそんなときに来たからこそ遠くで心配するだけでなくて思うまま介護して差し上げられるのでよかったと思ってるのも実際本音なのに、下手に沈黙してしまったせいであなたがおっかなくなるもんだからたぶんさっきのご自分の発言を俺が曲解したと思ってらっしゃるんだろうと思ったら、そんなつもりじゃないって言い訳したいけどすればするほど嘘っぽく聞こえるしだいたいあなたはただ俺をからかってるのかもしれないしそれに」

 「青木」

 「はい!」

 「「介護」ってどういう意味だ」

 「え」

 青木はついいましがたの早口からテンションが一気に変わって、青くなって冷や汗をかいている。「そこですか」

 「そこだ」

 「語彙として間違ってないでしょ」

 「だけど普通言わないだろうが。この状況で」

 「そうですかね」

 「おまえまさか、歳をとって僕が身動き取れなくなった頃に、下の世話とか食事の介助とかするつもりなのか」

 唾をごくりと飲み込んだ音が聞こえそうだった。薪にそのつもりがなくても、青木は前身の「第九」時代に散々厳しく叱られた空気を肌感覚として覚えている。恋人としてさえ身がすくむのもしかたない。

 それでもどこまでもまっすぐで素直で正直なのは、薪が愛する青木の美徳だった。教えてやらないだけで。

 「つもりでした」

 「……」

 「いまのあなたを年寄り扱いしてるわけじゃないですよ」

 「わかってる」

 「あなたがからだを壊すことを望んでるわけでもありません」

 「望まれてたまるか」

 「いつまでもお元気で傍若無人なあなたでいてもらいたいですけど、そうじゃなくなっても愛してますよって意味で」

 「わかってるってば」

 歳をとるまで一緒にいる。介護が必要になったらそれをする。こいつは実際、それを難なくこなすにちがいない、と思う。乳飲み児の舞を抱えて、何の疑問も持たずに育ててきた男だ。

 その頃には、そんな頃までほんとうに魂を寄せ合っていられるとしたら、ふたりで同じ場所に暮らしていたりするんだろうか。どこかの田舎で、鳥のさえずる庭で、風の音を聞いて。

 「すまない」

 「なにがですか」

 「楽しみにしてきたんだろ」

 「はい」

 「……」

 「……」

 「……」

 「いやあの、そうじゃなくて」

 「それもわかってる」

 「ほんとですか」

 青木は戸惑いながらもほっとしたような顔をした。

 「いいんだ、どっちでも」

 手を伸ばせばいつものあのやさしさを取り戻した笑顔が、薪の安寧を守るために近づいてくる。だらしなく寝そべっていればリラックスしているためだと、厳しくあたればいつもどおり元気なのだと、どんな態度もよいほうに解釈できるのは、青木の才能であり、天性の善性であり、薪から見ればいらいらするほど眩しかった。

 目を閉じればいつもの温かい唇が、指が、眼差しが近づいてくる。吐息が混じりあって一段階あがった温もりになる。体幹を痛めても、目も、手も口も無事でよかった、それを使ってできることはいくらでもある。食事、会話、キス。 視線を交わしてほほえみを分け合うこと。触れ合って体温を確認し、指を絡めて眠ること。青木が当然のように期待していたことは、できるかもしれないしできないかもしれない。それもどちらでもよかった、薪にはもう少し試したいことがあった。ただ寄り添って見つめ合い、会えなかった時間の出来事を語り合うこと。遠路はるばるやってきた若い男を侍らせて、いいがかりをつけてからかって、そして愛されていると実感することも。

 

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