雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「リストランテ青木」

 

こんばんは。

少し前に書いた、ごはんの話です。

 

ここの「友人」とは、とらちゃんのお母さんのこと。

これに舞を申し訳程度に追加したのが今回のやつです(舞、ごめん)。えりさんにはちゃんと最初から舞も見えたそうです、家族のいる人は見えるものが違う……。

 

元ネタとなった、連れ合いが自分で作って絶品だったという鶏のマリネは、わたしが作ったらふつうでした。なみたろうさんちでもふつうだったそうなので、まあふつうのレシピなんだと思いますすみません。

 

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リストランテ青木

 

 

 風呂上がりにタオルで髪を拭きながら時計を見ると、予想より時間がたっていた。これ以上遅くならないうちに、とすぐ電話をかければ、第三管区の働き者はまだやっと仕事を終えたばかりだった。

 「車ですか」

 「うん。乗り込んだところだ。これから運転して帰る」

 じゃああいさつだけですぐ切って、帰宅時間を遅くしないように、と脳内で計算していると、青木のそんな気遣いを察知したか無視したか、薪のほうから話に入ってくる。

 「おまえは今日は早かったのか」

 「はい。定時とはいきませんが帰宅して、うちで食事をする程度には」

 「だいぶ余裕があったんだな」

 「母と舞は先にすませてました。昨日俺が漬け込んだ鶏のマリネがあったんです」

 「ふうん?」

 そうだこの人はいまから帰るんだ、と改めて気づいて、青木はけしかけてみることにした。

 「すっごく簡単なんですけど。我ながら絶品でした」

 「そうか」

 「オリーブオイルに潰したにんにくとディルをたっぷり入れて、軽く塩胡椒した鶏ももを一緒にジップロックに入れて、3時間漬け込むだけです」

 「そんなに待ってられない」

 「今夜作れば明日食べられますよ」

 「明日社会的に間違ってない時間に帰宅できる保証はない」

 「1週間は余裕で、10日くらいおいても平気ですから。オイル漬けなので」

 「ディルだってあるかどうか」

 「この時期はフレッシュなのが出回ってますよ。なければプロヴァンスハーブでもいいんです」

 「どうしても僕に食べさせたいんだな」

 薪が見透かしたように言った。「青木風鶏のマリネを」

 「だってめちゃくちゃおいしいんですもん」

 「わかった、わかった」

 「揉むとさらにいいみたいです」

 「そんなことやってられるか。曽我猫が近くにいたらよかったのに、あの前脚でふみふみするやつをやってもらえた」

 「あれは、仔猫がおかあさんのおっぱいを飲むときにやる仕草で。爪を立てるので、ビニールに穴があきます」

 まあ確かに簡単だし普通にうまそうだ、と薪が呟いて、青木は自分が近くにいなければ小鳥のように少食の恋人になんとかものを食べさせようと、がぜん勢いづいた。

 「間違いないです。味は保証します。あなたがご自分で作るなら、なおさら」

 「バゲットと、チーズと、ワインに合わせれば完璧だな」

 「そうそうそう。にんにくはチューブじゃ香りが出ないから、ちゃんと潰してください」

 「うん」

 「むねじゃなくてももですよ」

 「知ってる」

 「まず皮目を焼いて」

 「言われなくてもわかってる」

 「2枚入りを2パック買ってきて、まとめて作って。しばらく食べられます」

 薪がついに吹き出した。「どこまでこまごまと指示出しするんだ。僕は料理のできない小僧じゃないし、だいたい毎日同じものなんて」

 「あとからカレー粉を足すのもいけますよ」

 「わかったってば。食えばいいんだろ」

 「報告もしてください」

 「証拠写真を送ってやる」

 じゃあな、と電話はそこでいつもどおり一方的に切られたが、青木は気にしなかった。あのようすなら帰りにどこか、肉と香辛料の買える場所に寄るだろう。ローズマリーのほうが好みかもしれない。自分ではゆうべ8枚下ごしらえしておいたから、明日も焼けば離れて同じものを食することになる。

 「こうちゃん」

 足元で呼ばれてふと見下ろすと、舞が眠そうに立っていた。

 「ごめん。起こしたかな」

 「声が聞こえたから。マキちゃん?」

 「うん」

 「舞もお話ししたかった」

 「薪さん、やっと仕事が終わったところなんだよ。また今度ね」

 「こうちゃんのチキン、おいしかったよ」

 「よかった」

 「手がにんにくの匂いになったけど」

 母さん、塊で焼いたんだな、と思った。明日はカットして、トマトでも追加してもらおう。ハーブの繊細さは薄まるけれど、家人たちには味わいやすいだろう。

 あの人は今夜はなにを食べるのかな、とまだ心配のたねは尽きなかったが、明日は第三でも第八でも面倒な事件が起こりませんように、と手前勝手な願いを掲げて、舞の手を引いた。

 

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