雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「パリ・コネクション Bed of Roses」

 

昨日のボン・ジョヴィの最後のビデオ、『Bed of Roses』を題材に短いものを書きました。

2065年春、パリ滞在終盤、ホテルのようなところからアパルトマンに移ったと仮定しています。フランス滞在中シリーズはいつかちゃんとした形にまとめたいと思っているのですが、まあ思うだけならタダだから。

 

歌詞はこちら: Bon Jovi - Bed Of Roses

難解な歌だと言われており、訳は訳した人によってかなり違います。

今回のおはなしでは、視点の移動(=ここでは主体が変わること)などもあり、キーワードをピックアップして再構成した感じで書いています。あとビデオのジョンのようすも少し言語化して盛り込みました。

このへんとか↓

 

何度も書いてるし何度も書きますが、フランス滞在中の薪さんはとても孤独だったと思うんです。そこから構成した話です。

 

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パリ・コネクション Bed of Roses

 

 

 朝焼けの光が天窓から部屋を暖める中、薪はベッドを抜け出して、アパルトマンのリビングの真ん中に鎮座する古いピアノに近づいた。部屋を貸してくれたパリ警視庁の警視総監の、娘が昔使っていたものだったという。椅子に腰を下ろすと、倒した譜面台の上に置いたままのレポート用紙に向かって伏せるような姿勢を取り、腕に鼻と唇を埋める。鉛筆を握って自分の心情を説明する語彙を探ろうとしたが、芯の先から出てくるのは詩にもならないフランス語の文字列で、ところどころ戻っては綴り字記号を加えていく。

 眠る前に飲みすぎたウォッカがまだ頭の奥に残っていた。とりとめのない悪夢の中で薪は事態を治めようとなにかしきりに喋ったが、自分の声が聞こえないほどうるさいブラスバンドの打楽器が脳内で反射していた。殴られたように目が覚めて、かすかな朝にお礼のキスをしたいくらいだった。亡霊がベッドの中にいるように思えて、眠りに戻りたくなかった。

 いままでなにをしてきたのか、とふいに強い疲労を感じ、自身に刻まれた傷と痛みを自覚した。僕はなにを信じたがっているんだろう、と考える。愛について、真実について、あいつが自分にとっての何なのかについて。たったひとつの、欲しいものについて。

 薔薇の花びらの上に横たわって、眠りたかった。ずっと鋲だらけの固い地面に背中を置き続けてきたような気分だった。それなのに手紙を受け取ってから、それを送ってきたあいつがすぐそばにいるような、守護霊のように自分を守ってくれているような、そんな錯覚を起こしている。青木なら、望めば果たしてくれるだろう。何万本もの薔薇の枝から丁寧にベルベットの花弁を摘み取って、肌を傷つける棘をひとつひとつ取り除いて、薪の歩く場所、眠りたがるすべての場所に、沈むほど厚く敷き詰めてくれるだろう。そのことに疑いはなくて、まるきり信じている自分がまっすぐすぎて、滑稽ですらなかった。

 アルファベットを紡いでいた筆記具は、いつの間にか手紙の中で見た日本語の言葉を書き出している。いつになるかわからない帰国の日が近づいている気がして、遠すぎたここまでの道のりのせいで、家路の一歩一歩がはっきりとたどり着く場所を示してくる。いずれ答えを出さなければならない、時間切れになる、という焦りと、こうしていてもひとりじゃない、それでも孤独じゃないわけじゃない、というひどく面倒な感情が湧いてくる。気づけば鉛筆と紙が黒く艶やかな塗装の上から滑り落ち、崩れたからだが鍵盤に弾んだ。不協和音がいくつか意図せず奏でられ、まとまってかえって調和して聞こえた。

 薔薇の花びらに埋もれて、眠りたかった。誰かの肌に支えられて、眠りたかった。今は消えつつある夜の帷が恨めしい。まだもう少し闇に戻って、あの翼にくるまれて、眠りたかった。

 

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