雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「サバンナの鹿」

 

こんにちは。

連れ合いが毎日花粉に悩まされています。奴は仙台在住なので、そういう季節です。

わたしは花粉はわりと平気で、しかも北東北はまだまだ寒くて、日も長くなって日中なんか屋内ではめちゃあったかいけど、外に出ればまだまだ、夜になってもまだまだ、なまじ春っぽいもんで油断するとかえって寒さが際立つ、そういう季節です。

 

春の短歌でなにか書こうと思いました。お題になりそうな歌はストックしてあるんですが、毎年春の歌を逃してきたのは、上に書いたような寒い地域に居住しているがゆえの、「春まだき」感が強いからかな、と思ったりして。今年は頑張った。

 

で、これだ!と選んだ一首が谷川俊太郎さんの詩とつながったので、そちらもからめました。

 

手紙

電話のすぐあとで手紙が着いた
あなたは電話ではふざけていて
手紙では生真面目だった
<サバンナに棲むシカだったらよかったのに>
唐突に手紙はそう結ばれていた

あくる日の金曜日(気温三十一度C)
地下街の噴水のそばでぼくらは会った
あなたは白いハンドバックをくるくる廻し
ぼくはチャップリンの真似をし
それからふたりでピザを食べた
鹿のことは何ひとつ話さなかった

手紙でしか言えないことがある
そして口をつぐむしかない問いかけも
もし生きつづけようと思ったら
星々と靴づれのまじりあうこの世で

谷川俊太郎詩集【手紙】より 〉

 

同じ『手紙』というタイトルの詩集に入っている詩。

 

 

手紙と言えば青薪には重大な課題がいまだ残されているわけで、何度となくネタとして取り上げてはいても、あれを下書きした時の青木の毅然とした表情、問われてためらった情けない様子、それをわかったように「ほれみたことか」とばかりに流す薪さん、を思い出すにつけ、その謎——つまりほんとに「家族になりたい」と書いてあったのか、青木はそれをどういうつもりで書いたのか、薪さんはそれをどう受け止めたのか、岡部さんは持ち去った手紙をどこにやったのか、等々——のいつか来るであろう解決のときが『秘密』の終焉となる(んだそうです、清水先生がそうおっしゃってたってよそさまのブログで読みました)という恐怖に近い寂寥感に我々は耐えられるのか?? といつも思うんです手紙ネタを書きながら。

 

今回は付き合ってる青薪、3月くらいの肌寒い春のはじまりの頃。もっと簡単で、でも単純ではない手紙の話です。

 

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