こんばんは。
ここに来られた方はもうタイトルで何の話かわかると思いますが。青木が薪さんの手を握って、プロポーズして、ハナで笑われてフラれた場面です(違います)。
さっき短いの書いてて上記ページを参考文献として調べてて、書いてたものと関係なくこの「笑わかすな」がいつか書こうと思ってたネタのひとつであることを思い出したので、思い出したついでにこっちを書いてしまいます。
【警告】
今日の記事は言語大好き人間というか言語オタクによる言語というより文法に関する記事です。わかりやすく書くことを心がけますが普通の人は文法は好きではないらしいので、途中でほんと勘弁、と思ったかたはどうぞご遠慮なく飛ばしてください。
この「笑わかすな」、連載当時だったか、よそのブログさんでも「方言?」と話題になっていたかと思います。
まず結論から言うと、これはたぶん九州方言が混ざったものですね。そう言う根拠は、Macで「わらわかす」と打っても一語として認識されず変換されないからです。「青木一行」とか「鈴木克洋」とかも出るのに。
で、たぶん方言なんだけど「たぶん」をつけるのは、方言と言っても仙台弁の「イズイ」のような、よそでは通じない語彙レベルの方言ではなく、もともといわゆる標準語にもある機能語(=この場合は接尾表現の「〜す」「〜かす」)が、標準語にはない用法で用いられているという意味での方言だという程度の方言で、いってみれば「通じなさ度」「方言度」が低いからです(だからこそ校正の?チェックを漏れて薪さんが方言を喋ってしまったとも言えます)。
その接尾表現の「〜す」「〜かす」ですが、これは使役の用法を持つ表現です。使役として より一般的に認識されている「〜せる」「〜させる」と同様に、例えば「泣かせる」を「泣かす」とする言い方があります。
余談ですが「泣かせた」は「泣かせる」の過去、「泣かした」は「泣かす」の過去です。通常そこまで意識されて使い分けられることはありませんが。
なおこの使役「〜す」は「〜せる」の「短い用法」と呼ばれることがあり、相互に互換性を持ちます。ただし使用頻度の違いからか、あるいは歴史的な変遷の理由からか、その他の理由からかわかりませんが、「〜す」用法においてはその表現が不自然に感じられることがままあります。
凡例:(元の動詞)使役 ←→ 使役の短い用法
(食べる)食べさせる ←→ 食べさす
(飲む) 飲ませる ←→ 飲ます
(やる) やらせる ←→ やらす(?)
(運転する)運転させる ←→ 運転さす(??)
※ 「〜せる」になるか「〜させる」になるかは活用の種類(五段活用かそれ以外か)によるもので、今回の話題においては重要でないため区別して検討しません
なお似てるけど動詞の使役表現ではなく、他動詞であるものもあります。
※ 使役表現は本質的に他動詞の性質を持つ表現なので、自動詞・他動詞と使役は深い関係があります
寝かせる(他動詞)
← 寝る(自動詞)
寝させる(自動詞「寝る」の使役、他動詞があるため通常使わない)
?寝さす(上の短い形、文法的におかしくないがあまり自然でない)
←→寝かす(他動詞「寝かせる」の短い形、文法的に正しくないが使われる)
見せる(他動詞)
← 見る(別の他動詞)
?見させる(他動詞「見る」の使役表現、不自然だが使われる)
??見さす(上の短い形、文法的におかしくないがあまり自然でない)
←→ ×見す(他動詞「見せる」の短い形だが文法的に正しくない)
建てる(他動詞)
← 建つ(自動詞)
建たせる(自動詞「建つ」の使役、だが建築物において通常使わない)
← 建てさせる(他動詞「建てる」の使役、特殊な状況下において使用可)
ex. 息子に金を出してやって敷地内に家を建てさせた。
??建てさす(上の短い形、文法的におかしくないがあまり自然でない)
使役表現は自動詞・他動詞という要素も関わってくるもので、系統があまり単純ではありません。上記のように、「文法的に正しくないが使われる」とか「文法的におかしくないがあまり自然でない」などというものがあちこちにあって、正しいかどうかと使われるかどうか、自然かどうか、といったことが素直に対応していないのです。
こうした複雑さも「笑わかすな」が薪さんのクチから出てしまった一因だと思われます。
で、問題の「笑わかす」なんですが、上記の理屈(せる←→す)で「笑う」を展開させると、本来は次のようになります。
凡例:(元の動詞)使役 ←→ 使役の短い用法
(笑う) 笑わせる ←→ 笑わす
笑わせるな ←→ 笑わすな
ゆえに「笑わかす」はとりあえず、標準語の文法ではありません。
では「〜かす」が完全に方言なのかというと、そんなことはないんですね。最初に書いた「泣く」以外にもいろいろあります。
凡例:(元の動詞)使役 ←→ 使役の短い用法
(泣く) 泣かせる ←→ 泣かす
(書く) 書かせる ←→ 書かす(?)
(抱く) 抱かせる ←→ 抱かす(?)
これらの例 ↑ からわかるように、「〜かす」は「〜す」のいわば同類で、本来、カ行五段活用の動詞「〜く」のみに現れる使役表現です。これがワ行五段活用の「笑う」に用いられていることが、方言だ、と言えるわけです。
さらになぜそれが出てきたかということなのですが、清水先生は熊本育ちでいらっしゃるそうなので、熊本方言か九州方言の可能性が高いですね。
ネットでちょろっと調べたところでは、熊本弁に「せびらかす」(=羨ましがらせる)という有名な表現あるようです。北九州の方言には「ぼてくりこかす」(=ボコボコに殴り倒す)というのもあるようです。
以下、これらについての自己分析です。
せびる(=いいなー、と羨ましく思うのでせびる)
→ せびらせる(≒羨ましく思わせる、羨ましがらせる)
→ せびらかす(=羨ましがらせる、方言)
こかす(=北九州方言で「倒す」)
←「こける」(=転ぶ)から「こけさせる(=転ばせる)」→「こけさす」→「こかす(=倒す)」、と変遷したのでしょう
熊本弁には「くらわす(=殴り倒す)」というものもある、としたサイトもあったので、熊本とかそこらへんでは、「〜す」系の使役とか他動詞表現を使いがちなのかもしれません。
※ 使役と他動詞表現は、繰り返しとなりますが、上記で見てきたように、本質的に同じようなものです。
余談ですが東北では逆に、自動詞化が起こりやすい傾向がある気がします。
木が植ってる(=植えてある)
……他動詞「植える」に対する自動詞「植わる」
方言ではないが東北県民以外にはピンと来ないことも多い
このペン、書かさらない(=書けない)
……岩手沿岸南部の方言
他動詞「書く」に対する自動詞「書かさる」という方言
(この「〜さる」表現は他の動詞にも使われる機能語です)
※ なお自動詞と可能はそもそも意味的につながりがあります。
ex. このはさみ、切れない(他動詞「切る」の可能「切れる」)
よく切れるはさみ(自動詞「切れる」だが可能の意味がもとから混ざっている)
あいつすぐキレるよな(自動詞「キレる」、可能の意味はない、なおこの用法には他動詞もない)
上記「書かさる」にも性質を表す自動詞的意味と可能を表す意味の両方が入っています。
薪さんご本人も趣味が外国語の習得だから、そうはいっても人とコミュニケーションとりたくてやってるタイプじゃないと思うし、たぶんこういう文法の話はおもしろがってくれる、というか自分で分析して面白がるでしょう。
以上、英語も日本語も文法大好きなわたしだけが楽しい、文法の話でした!! あーおもしろかった。