今日は最初に短歌をあげます。
なにゆゑかひとりで池を五周する人あり算数の入試問題に 大松達知
これを読んで瞬間的に浮かんでしまった、薪さんと舞のおはなし。色気まったくなし。
リレー小説が妙な展開になってる(※)ときに空気読まなくてすみません。
※ これ書いてる時点で舞が薪さんにフラれて鈴木が腹黒くなってるところ(爆)
こちらでは薪さんが舞に、勉強を教えているというかいないというか。
たぶんわたしは自分が、にんげんの子供とこういう付き合いをしたいんだろうな。自分が子供の頃に子供扱いされたくなかったから(子供なのに)。なんていうか、まっとうな「にんげんの子供」として扱われたかったんだと思う、「子供扱い」じゃなくて。 ←わかって
ということで、そういう思いを共有しない方(=まったく問題ありません、そっちのほうがまともなんではないかとも思う)には、たぶんおもしろくもなんともないおはなしです。
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「<かおりさんの家の近くの駅から遊園地までは、電車で240km走ります。> どこの遊園地だよ」
薪は舞の夏休みの宿題プリントを見ていた。「しかもなんだこの、計算問題のくせに半端に文学みたいな文章。わかりやすいんだかわかりにくいんだか」
「ちょっと静かにしてて」
丁寧に削られたHBが滑らかに滑る音が途切れない。薪の評価に関わらず、舞は読むと同時に解答を紡ぎ出している。
「<342枚の折り紙を6人に同じ数ずつ配ると、1人分は何枚になりますか。> そんな枚数、最初に数えたんなら、そのとき順番に配ってるだろ」
「マキちゃんてば」
算数の文章題は舞にとって、まったく足しになるものではない。さっさと式と答えを書き込んで片付けてしまいたいのが本音だった。薪はそれがわかっているから、横から本音で横槍を入れているのだ。
「ありえない設定の問題を無理矢理作ったって、読解力をかえって妨げるだけだし想像力も混乱する。こんなんだったら計算を次々やったほうがいい」
「仕方ないじゃん、学校の先生たち自身が算数で読解力なんか磨いてこなかったんだから」
「<縦が60cm、横が120cmの長方形のバスタオルの面積は何cm2 ですか。> なんでバスタオルの面積なんか知る必要があるんだ」
「自分のからだを全部隠せるかどうか、買う前に知りたいんじゃないの」
薪は一瞬警戒して舞を見た。恋人の愛し子は自分の言葉が隣の麗しい男性にどう聞こえたかなど、まったく意識していない。
「そこまで言うんなら、人体の表面積も測って比較できるんだろうな」
「も~、小学生に積分までやらせないでよ。そもそもそんなの、測定できる機械があるでしょ、どっかに」
舞は変わらず指を忙しく動かしている。芯の先では次々に数字と記号が導き出されている。「式は思考の流れを表すとか言って、因数の順番が変わるとバツにされるんだから。邪魔しないで」
「<40円の鉛筆と、50円の消しゴムと、110円のノートがあります。消しゴムの値段は鉛筆の何倍ですか。> そんなこと知って何の意味があるんだ」
「それは舞も聞きたいけど。マキちゃん、わざと邪魔してるんでしょ」
「わかるか」
「舞のマルチタスク能力を測ろうとか、大人気ないことしちゃって」
高学年になって際立ってきたその頭脳が、薪には眩しかった。自分が通ってきた道とは似て異なるルートを進む、血のつながりのない縁ある子供が、どこまでどの方向に伸びるのか見てみたかった。
「測りたいわけじゃない。訓練だよ」
「まあ、それなら許す」
横目でやりとりを見ていた青木は、ふたりの通じ合いぶりになんとはないざわめいた気分になって、ちょっとしたため息をついている。
舞は言語感覚も鋭くて語学にも興味があるようだし、代数程度ならなんなくこなす。今のところは理系っぽいので、このままでは薪の関心を奪われそうだ。青木自身がいまさら高等数学というわけにはいかないけれど、自分もちょっとわかる外国語くらい増やしておくか、と思う。
姪っ子をライバル視しているバカバカしさだけは双方に気付かれないようにしないと、とぎりぎりの理性を動員して、青木は引き続き耳をそばだてながら無関心のふりをし続けた。
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