こんばんは。
したい本、じゃなかった死体本とかカーマ・スートラとか取り寄せて久々に思い出したのですが、わたしのこういう「よそさまの参考文献を取り寄せて楽しむ」遊びは、和田慎二先生のときからでした。
『殺人アイデア入門』、わたしが生まれる前に出版された本です。なんとまだ印紙?がついてます。
和田先生は漫画でミステリを多く描いた方で、単行本にこれが参考文献として載っていて、ネットのなかった中学生のときだったから、古本屋で探したんです。中学生が歩いていける場所の古本屋に、よくあったな、欲しかったブツ。
ジギタリスとかクラーレとか、もう王家のキャロルやクリスティ女史が使ってた時代ものですよ。打ち込んでもそのままでは変換すらされない。
とはいえくわしい仕組みや実際の事件の話もあって、読み物としてもネタとしてもいまだに使えるのは、さすがに昔の専門家の本だけあります。
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ところで先日、こんなことがありました。
ツレから電話が来たときひるねしてたので寝ぼけ声で出たら「ひるねしてたの」と言われて素直に「うん」と答えて「寝てなさい」と甘やかされたダメなにんげんはわたしです。
— 泉 織江 (@orie2027) 2021年6月2日
平日だよ別に休みじゃないんだ、ただ時間に関係なく眠くなったら寝るだけの生態なんだ……
※ 病院に行ったあとだったので甘やかされただけです、普段は怒られます。
このダメエピソードが青薪変換するとイイ感じの話になってしまうというご指摘のもと、変換してみました。
上の出来事とは似ても似つかないおはなしですが、イイ感じにはなってくれたかと思います。
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コーリング
薪の電話がいつまでも振動をやめないので手に取った。誰からどんな連絡が来るかわからないから、捜査員として連絡は常に取れるようにしておくのが基本だ。何度かけても出なければ誘拐などの異常事態を疑う程度に、「第九」を統括する所長は、そして第八管区の室長も、狙われておかしくない立場にいる。
「はい」
「――」
先に表示を見ればよかったのだ。しかしまだ早い明け方、寝不足の意識にまぶしい液晶がそうすることを阻み、慣習としてついさっと画面をタップしてしまった。
「もしもし」
「もしかして青木か」
沈黙していた相手が、再度の応答に確認してくる。土曜日の朝7時、そりゃそうだ、こんな時間にかけてくる可能性があるのは、舞か、そうでなければこの人しかいない。
「あ。ええ、と」
所長の忠実な部下はいつも察しと思案に長けている。青木が早まる前に、起こすなよ、ととりあえず注意するほどの冷静さもすぐ取り戻す。
「薪さん、まだ眠ってるんだな」
「ぐっすりお休みです」
やっと事態を飲み込んだ青木は、コールで目を覚まさなかったのだからその危険は少ないと思っても、腕の中の恋人に万が一にも聞こえないように、後頭部をこちらに向けた小さな頭が振り向かないように、声をひそめた。
「すみません」
「なに謝ってるんだ」
「いろいろと。代わりますか」
「寝かせておけ」
「なにか用があったんじゃ」
「もう、いい」
「あとで怒られますよ」
「おまえがな」
「俺は殺されるほうです」
「急ぎで所長印が必要だったんだ。抽斗から勝手に使うからいい」
「岡部さんも殺されますよ」
「書類の存在そのものを黙ってればわからんだろ」
まだ迷うようすの若造を無視して、そこで唐突に切られた。
さすがに全国の要となる第三管区の室長は有能だ。捜査一課の猛者と恐れられた切れ者にこんな繊細な気遣いが備わっていることを知る者は少なくなかったが、その恩恵をいちばん受けているのは薪だった。若手の前でたまに感情をむき出しにしてしまう所長を支え、移動の際には知らんぷりをして便宜を図ってくれる。とはいえなぜか福岡を離れて休日を過ごしてる第八の室長の予想外の失態に動じもせず、さっと最適解を選んでしまうあたり、鍛えられすぎていてもはや気の毒になる。
「まき、さん」
静寂の中でさえ届くかどうか怪しい声で、そっと名前を囁いてみた。しばらく待ち、ほっとした頃になって、呼ばれた人が答えた。
「……ん」
「あ。ごめんなさい。起こすつもりは」
「岡部か」
「はい」
存在そのものを黙ってれば、なんて企んだ時点で気付かれるに決まっている。だが献身的な犬があとから怒られることよりも恐れたのは、やっと寝かしつけた恋人の眠りを邪魔することだった。
ほんの一瞬薄い肩に力が入ったがそれは寝返りを打つためで、向かい合わせて青木の胸に寄せられた瞳は、伏せたまつ毛の後ろから姿を現さなかった。息の温かさが襟元から入ってきた。
「……あとで殺す」
まあそうだろう。付き合っている時点で覚悟の上だ。
それにしてもこの人、呼び出し音で起きなかったくせに、なんであんな低い会話が聞こえてたのかな。
目覚めたら再び召命されるであろう予告を受けて、青木はやっと電話を枕の下に押し込むと、呼吸を合わせて自分も瞼を下ろした。
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