雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「夜風」

 

こんばんは。

愚痴スタートですすみません。

 

シーツ3枚というのは、ホテルみたいにシーツとシーツのあいだで寝てるからまず2枚、あと布団の上に超大判の防水シーツをかけてベッドを覆ってるからそれで3枚、ということです。

そこまでやってもなんで潜ってやるの猫チャン??? 布団洗うのは、っていうか乾かすのは、大変なんだよ、うちの洗濯機は85年製で乾燥機なんかついてないどころか存在してなかった時代の代物なんだから。 ※ たとえついていても羽毛布団は乾燥機にはかけられません

 

眠る赤ちゃん。犯人のひとり。ろくでもないこと覚えやがって……。

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で、まあたいへんだったので、ちょっと青木に八つ当たりして、おはなしを書きました。我が家の頻出ネタ、青薪のおふろです。

そしたら結果的にやつがいい思いして、その結果として薪さんが幸せになったので、まあ全体的によしとする。

洗濯くらいいくらでもするよ、そんなふうに笑うのなら。

 

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夜風

 

 

 薪が汚れたままのからだと湿ったシーツで眠るのを嫌うので、目覚めた翌朝のごきげんを損ねない目的で、青木は事後の恋人のまどろみを極力邪魔しないように抱き起こす。ぬるい湯の中に沈めて繊細な肌を撫で洗い、ぴくりとした反応が徐々に消えて鎮まるのを指で観察する。時々ここで寝落ちするのは満足して安心した証拠だと喜ばしく感じるが、手間のかかることもある。元気なら元気で世話の焼けることもある。

 「触るな」

 今夜は後者らしかった。水中で手の甲を指で弾かれた。

 「触るなって、抱っこされててそれはないでしょう」

 「わかってるくせに。左手」

 「洗ってるだけです」

 「……」

 「傷がついていないか、確かめてるんです

 「……」

 「いやですか」

 「……いや」

 わざと面倒な返事をするややこしさは感情の隠れ蓑で、口先だけの抵抗は責任の所在を明らかにするためだ。

 「でも。のぼせそう」

 「あがりましょう」

 「もう、のぼせた」

 「あがりましょう」

 寝具は風呂より先に新しいものに交換しておいた。脱衣所にはふわふわのタオルもホテル並みに準備してある。いつもならからだと髪を拭いてやって、背中や膝や腕の手入れをしてやって、翌朝まで憂いなく眠れるように導いてやるだけだ。だが今日はちょっと勇み足だったかもしれない。

 「このあとのシーツの替えがもうないんですけど」

 「下の引き出しに入ってる。買っておいた」

 「え」

 「暑くなってきて、不足気味だったから」

 それは素晴らしい、新品が備わっていることだけでなく、薪がそうしてくれたことが。とはいえ、

 「乾燥機は動きっぱなしだし、干すところももうないですよ」

 「おまえは図々しいのか気を遣うのか、どっちかにしろ。でないと」

 にわかに元気になった瞳の縁から汗の雫が流れて、薪が湯から出た。「僕が混乱する」

 「あなたが言いますか」 

 「洗濯が面倒なら」

 「そんなことは全然ありません」

 青木は続けてあがるとローブをはおり、湯気を発して立ち尽くす美しい肢体を大判のバスタオルでぐるぐる巻きにして、そのまま抱き上げた。寝室まで戻る途中のリビングで、開け放した窓を通った夜の高層ビルの風がカーテンの影を揺らし、ふと足を止めた。

 「おひとりのときは、どうしてるんですか」

 「なにが。なにを」

 「あなたが眠る数万の夜を、一緒の場所で過ごせたらと思ったので」

 「……青木」

 「はい」

 「僕を慰めたいなら、明日はダウンケットも洗ってくれ」

 「え」

 「おまえのせいだからな」

 この責務の押し付けが甘えの写像であることは、もう目を見なくてもわかる。少なくとも、いつもおまえがいたんじゃ、などという憎まれ口は出ていない。孤独を気遣われたことを察知して、それを否定も拒絶もしなかった。俺もずいぶん愛されてるな、と贅沢な感動を味わった。

 「お申し付けどおり、なんでもしますよ」

 乱れのないベッドの上に恋人を下ろしてその身を守っていた木綿をはずすと、手を取って滑らかな甲にキスをした。

 あなたの夜を覆って守るものになれるなら、どんな下僕の些事でもこなします、と思う。だがまず今夜の仕事は洗濯ではなくて、「いや」と言われた確認の続きをしなければならない。

 「なんでも?」

 「なんでも」

 夜風に夏の匂いがした。灯りの弱い部屋で青白く光る肌から、ジャスミンの香りがほのかに立ち上る。空気の湿度が濃くなり、酔いそうになる。

 「明日になったら。今夜は俺の願いも聞いてください」

 もちろん薪はそんな言い分は受け付けてくれない。それすらもわかってじゃれあっているだけの、数万の中の一夜だった。

 

 

風。そしてあなたがねむる数万の夜へわたしはシーツをかける  笹井宏之

 

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