雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「警視長の料理人」

 

今日仕入れた話なんですが。

お貴族様の車やさん・ロールスロイスでは、なぜかピクニックバスケットを作ってるそうで。ナショジオの番組でインタビューがありました。

www.rolls-roycemotorcars-nicole.com

 

おねだん 2万ポンド(おおよそ400万円)ナリ。

 

カトラリーメーカーのクリストフルでは、銀器のピクニックバスケットを200まんえんで出しています。でもそっちはまだわかる。

なんでロールスロイスが???

運転手付きで乗る車なのに、座席はつまり後部しかないから基本的に二人乗りなのに、バスケットにはそれ以上の人数分の食器が入ります。屋外だっつーのに、どんだけすごい食材のサンドイッチを持ってくつもりなのやら。そしてロールスロイスでどこの野原に行くのやら。そんなヒマな金持ち、いないから。だいたい無用心すぎる。

 

ツッコミどころありすぎなんですが、なんというかマネの「草上の昼食」みたいにスーツで行くピクニック(どんなやねん)かな、とか考えてしまったら、とたんに青薪変換ですよ。

あの扉絵を見ちゃったあとだと、余裕でありそうですよね。マネの裸の女性陣には退出いただいて、当然手前で寝転がってるほうが薪さんです。スコーンとかイチゴとか、青木が「あーん」って食べさせてくれると思います。

 

* * * 

 

さて似て非なる別件です。

書きかけのやつ何個か放置して次の妄想へ、というよそさまのつぶやき?を見ると「ええええ~~完成させて見せてよ!」などと無責任に思っていたものですが、自分がやってみればそんな簡単な話じゃないですね。

 

ということで書きかけのやつ何個か放置して次の妄想をしてました。

ゆうべ久々にソファで寝落ちして起きたときに妄想した、弊社頻出の「お疲れ薪さん」です。薪さんごめんなさい、公式で身体的に疲れてるあなたなんて見たことないのに。

ふうふ感強めの青薪です。

 

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警視長の料理人

 

 

 やさしく名前を呼ぶ声に覚醒の波を整えられて、眠ってしまっていたことに気付いた。

 「夕飯ができましたよ」

 「どれだけ寝てた」

 「半刻くらいです」

 青木が窓を閉めに行ってカーテンを引く音がした。耳がわずかに塞がったような空気の遮断感があり、室内の流れが変わる。聴覚から始まって、視覚、嗅覚が順次目覚める。薪はからだを起こしてソファから脚をおろすと、頭に血流が戻るのをゆっくりと待った。

 「そちらで召し上がりますか」

 世話焼きの炊事係がそう聞くのは、恋人の疲れを察知して甘やかすときだ。薪は首だけでうなずいた。

 「中華だな」

 また濃い料理か、と胡麻油の香りに一瞬警戒する。

 「おわかりですか」

 「なに作ったんだ」

 「春のたけのこが手に入ったんで、鶏と一緒にスープにしました。あとあなたのお好きなホワイトアスパラたっぷりのリゾットを」

 実際には内容は胃に優しめだった。ゆるめていたネクタイをさらに引っ張って袖をまくる。週末にずれ込んだ仕事というよりは、青木と会う時間を作るために詰め込んだのがきつかった。そのことに不満はない、階級が上がればそれに伴う責任という名の雑務も増え、離れて暮らす家族がいれば誰かがどこかで割りをくう。ただ今日は、少しばかり電池切れだ。

 おかえりなさい、さっき来たところです、鍵をありがとうございました、すぐに食事の支度をしますから休んでてください。キスの合間に繰り出される言葉に生返事して、上着を脱がせてもらうとソファに倒れ込んだ。寝落ちする前の断片的な記憶にぼうっと意識をまかせているあいだに、青木が膳を運んで来て隣に座った。

 「昼食は摂りましたか」

 「いや」

 「胃に何か入れたら落ち着きますよ」

 「うん」

 耳にはずいぶん白っぽいメニューに聞こえたが、リゾットには緑の野菜も入っていたし、汁碗には刻んだ万能ねぎも浮いていたし、付け合わせにトマトと紫玉ねぎのマリネもあった。その気遣いに敬意を表して食べてやるか、と心の中でまでわざわざ面倒な理屈をつける。

 れんげにスープをとり、ふーふーと吹いて冷ます大男の姿は少々滑稽で、とても精鋭の捜査官には見えない。では何に見えるかと問われたら、そうだな、至れり尽くせりのうちのカミさん、ってところか。サイズ感がだいぶバグってるけれど。

 「過保護すぎるだろ……」

 「いいんです」

 それでも薪も素直に、口にあたった陶器から汁を啜る。

 「いかがですか」

 「いつのまにこんな食器まで持ち込んだんだ」

 「味を聞いてるんですよ」

 「うまい」

 料理人が嬉しがるのがわかった。「おまえ、あっさりしてるのにコクがあるタイプのものを、薄味で仕上げられるようになったなあ」

 「シャンタンは残念ながら市販品です」

 「そこまでは求めない。プロじゃないんだから」

 専属料理人ではあるけどな、ともうひとくちで最初のぶんを飲み干す。「今は」

 「――俺が来たせいでしょう。過負荷がかかったの」

 青木が箸で具をつまみながら言った。

 「僕が呼んだんだ」

 「俺が会いたいって言ったから」

 「僕が会いたかったんだ」

 薪は自分から穂先をかじりに行った。「焦らすな」

 「気に入っていただけましたか」

 「春のたけのこが嫌いなやつなんているか」

 にわかにしっかりしてきた食欲に突かれて、次は鶏腿を雛のようにぱくりと頬張る。

 「あとはご自分で召し上がれますね」

 「まだ無理」

 「さっき、過保護すぎるって」

 「冷ましたことだよ」

 これには逆らえないよな、とばかりに上目遣いで斜め下から見つめる。「食べさせて」

 うっ、と青木が息を止めた。

 「いつ覚えたんですかそんなあざとさ」

 「いいからさっさと食わせろ」

 「わかりました」

 アスパラガスを掬って温度を確かめると、それを口元に運んでくれる。「もうちょっとやりすぎの給仕でいます」

 小悪魔が喰んだ繊維から、固めに炊いた米のとろりとした粒が落ちていく。まだ下唇のふくらみに載っているそれを指で止められて、そのまま爪に歯を立てた。少しばかり行儀を悪くして、カモフラージュした甘えを変化球でぶつける。さすがに見透されているだろうが、青木は何も言わずに最後まで受け止めるはずだ。やめてほしくないと思っているのは、あっちも同じなんだから。

 

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