雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

「Birthright」

 

こんばんは。

新型コロナウイルスの社会への影響がわたしが思ってたよりデカイということが先日うちに遊びに来た知人の話で判明し、まー世間様大変ねわたくし個人的に落ちてるだけでこんなに社会と無関係に生きてていいんだろうか、と申し訳なく思ったりちょっとだけしてます。

お詫びに和むものから。

 

 

今年に入ってから、元彼の中でいちばん頭がよかった人をついったで捕捉しました(※)。

※ 奴は人に知られている職業に就いていてかつ本名でついったをやっていてかつ今でも連絡のとれるポジションにいるので、「ついったやってたのかー」という意味での捕捉です。

 

東大の理学部から大学院→アメリカの大学はどこだか忘れたけど、あっちで博士号取って帰国して専門職に就いた人で、わたしが付き合っていたのは理 Ⅰ の教養部の頃だったので、まあ遠恋してまで青田買いしたわけですね。「理系の頭いい人フェチ」の面目躍如といえます。

双方が就職してから一度仕事で会ったことがあるのですが、そのときに奴が「にんげんとどうぶつを区別しない」人であることが判明し、ああやっぱりいい男だなあ、と(にんげんとして)惚れ直したのでありました。

 

彼と話をするたびに驚くのは、こんなに頭いい人でもそんなことでつまづくのか、ということ。

奴の暮れの呟き:

「もしいま死んだら「土日にやろうと思っていた仕事が半分も終わっていない地獄」に落ちて永遠に土日にやろうと思っていた仕事が半分も終わらない池で浮かんだり沈んだりする羽目になりそう。」

 

彼をしてこうであるなら、わたしの仕事が土日どころか年末年始を超えて年度末に迫ろうとしても終わらず、この歳になってもしょっちゅう徹夜する羽目に陥るのなんかむべなるかな、とちょっとほっとしたのでありました。

 

 

薪さんにもあるのかなそういうの。事件続きで現場に出ててハンコ押すヒマなかったとか、青木が来ててらぶらぶでハンコ押すヒマなかったとか。ねーな。

 

おはなしを書きました。今回も需要のないマニアックな入試関連の小話。まだ入試やってます(今年度はこれで終わりです)。

2046年1月、東大1年次の久しぶりの鈴薪です。例によって勉強の話しかしてません。書いた本人だけ楽しかったです。鈴薪になるとシュミ度が強くなりますね弊社のおはなし。

「これが鈴薪の普段の生活なら、学生時代に彼女ができないのもわかる」感じの会話をしています。すずまきがふたりそろって天才である、というおはなしです。

 

作中に出てくる「ラーニング・コモンズ」とは、大学において学生がコミュニケーションをとりながらリラックスして勉強したり雑談したりできる、学びの場所のことです。近年は図書館の一角に構築されることが増えており、Wi-Fi・ソファ・コーヒーがある、というのが重要。この3つがあるとホイホイと学生が寄ってくることはすでに判明しているからです。

 

こちらはたまたま少し前に講演で聞いた、どっかの大学の最新のラーニングコモンズ。デザイナーも入ってるしもはやとても図書館には見えません。

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作中の「曲」はa-ha の「Birthright」です(趣味ですすみません)。

デビュー曲「Take on Me」が世界的な大ヒットとなり、それが有名過ぎて日本では一発屋みたいに思われてますが、つい数年前に活動休止を宣言するまで、特に欧州(とわたしの中)ではずっとヒットを飛ばしてた人たちです。

「Birthright」は前奏なしでいきなり始まりますが、そういう構成の曲です。

 

入ってるアルバムはこちら ↓

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YouTube → a-ha Birthright

歌詞はこちら → a-ha birthright 歌詞

翻訳がひどいので無視してください。要点はおはなしの中にまとめました。文法や発音のミスがときどきあるのは本当です。

 

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Birthright

 

  

 東大の短い冬休みが明け、大学入試の季節が始まった。すでにそこを通り過ぎてキャンパスでの学問にいそしむ1年生にはどうでもいい話題のはずだが、本郷も駒場も試験会場となるので、休講などの影響は受ける。文1名物のふたりはラーニングコモンズで何の疑問もなく普段どおりに勉強していた。

 「去年の入試の一次試験、満点だったって聞いたけど、ほんと?」

 新しいコーヒーを調達してきたタイミングで、鈴木が薪に聞いた。親友に関して流行り病のように時々盛り返す噂を、どうせなら確かめてしまおうと思ったのだった。

 「噂があるのは本当」

 「中身の真偽のほどは」

 「さあ」

 「さあ、って」

 「鈴木はどうだったんだよ。自己採点したんだろ」

 「940点くらいだった気がする」

 1年も前の高校の成績なんてその程度の記憶だった。共通の一次試験は1000点満点だから、東大の文1なら普通よりちょっといいくらいの点数だ。

 「そんなさもない点数で文類の2位だったってことは、二次試験で稼いだんだな。世界史と日本史の記述だろ。あとたぶん古典」

 「嫌な奴だな。そういうそっちは」

 「面倒だから採点しなかった」

 「じゃあなんであんな噂が流れるんだよ」

 「誰かに聞かれて、一次はわからない問題がなかった、って答えたから」

 「おまえが自分でそう思ったなら、やっぱり満点だったんだろうな」

 「でも大学に届いた点数は、998点だったって」

 「……なんで知ってるんだ」

 「教授が教えてくれた」

 「え」

 鈴木は普段の薪の行動範囲から、入試に関わって内部情報を漏らした教員をすぐに特定した。

 「人に言うなよ」

 「言わない。けどどこで2点なくしたんだ」

 「地学の設問で、河合塾駿台の模範解答が合ってないのがあったって。あれだろうな」

 「地学で受けたのか」

 「あと化学。どれでもよかったから。鈴木は生物と物理だろ」

 またしても当てられて悔しかったが、事実なので仕方がない。

 「こんなに差がつかない試験で入学の是非を決めるなんて、理屈が通ってないよな」

 「おまえと俺は順位が一個違っただけでじゅうぶん差がついてたよ」

 「でもどっちも合格してるんだから、その差に意味はないだろう」

 「東大みたいなとこの入試は、入ったあとについてこられるかどうかを担保するための最低限度を測ってるだけで、個人の特製とかを見てるわけじゃないから」

 こいつ、相当つまらないと思いながら受験したんだな、ときれいな横顔を見ながら思う。「薪だったら、入学するのにも他に手段があったんじゃないのか」

 「あったかもな。でも一般入試なら、一次と二次で黙って2日ずつ試験を受ければ入れるんだぞ。学習指導要領の範囲内だから何も準備しなくていいし、手間かからないと思って」

 「つよしくんはそうでしょうね……」

 「そっちこそ、特殊な推薦とかなかったのか」

 「枠はあったけど、ちょっとマニアックくさくて」

 受験すれば入れるとか、自分たちをしごく一般的であるかのように語っているとか、その発想が異常であることにふたりは気づいていなかった。

 「そういえば、いま思い出したぞ。二次試験の英語の、文法ミス」

 鈴木は突然記憶の蓋をはずされた。「期限を表す till と by の取り違えのやつ」

 「あれは出題ミスじゃない。最初にわざわざ「ノルウェー人が書いた英語の歌詞の一節について語る詩人たち」って注釈があったじゃないか。元ネタがそもそも間違ってんだよ」

 「知ってる。原曲、聞いたことある?」

 薪はこの話題が始まって初めて、顔をあげて相方を見た。

 「ない」

 「聴きたくないか」

 「聴きたい」

 いそいそとイヤホンを取り出し、手元のMacBookに同期させる。

 「なんだよ」

 「おまえが知らないことを俺が知ってるって、滅多にないから。嬉しいんだ」

 「知ってるって、何を」

 「すごく美しい曲だってこと」

 片方を小さい耳に入れてやる。「たまに発音も違ってるけど、探すなよ。音楽として聴くんだぞ」

 自分が薪に何か教えてやる機会はそうそうないと思っていた。それは相手側からの感覚としては全然違っていたけれど、ひねくれ者の性が素直に友人を称えないので、鈴木には知るすべがない。

 1年前、入試に関して心配はしていなかったが、設問にa-haの古い曲が出てきたときには、さすがに合格を確信した。おまえにはこの学校でやることがあるから入ってこい、と呼ばれた気がした。隣の天才はそんな呑気に受験したわけではなかっただろうけれど、入学早々ここに来た目的を果たしたあとも学問を続けているところをみると、この場所に意義を見出したらしい、と思う。

 低音から高音まで、つなぎめのない声が人生を歌う。それは薪のような俗世間からずれまくった個性とは全然違う、しごく一般的な人間のとるに足りない日々の中で癒される傷を、「人間とはそういうものだ」と語った曲だった。だが、

 「おまえならたぶん、よくわかる、って思うよ」

 鈴木には薪がよくわかっていた。だから薪がどう思うかも、よくわかった。

 

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