雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「重力の影」

こんばんは。

さきほど職場を出るときに門の前の交差点の電光掲示板を見たら、外気温がマイナス5度でした。さすがに寒い。まだ11月なのに。

でも、まもなく終わりますその11月!! 門限までサビ残の日々が終わる! 12月以降は出勤しなくていい仕事が増えるので、今週が通り過ぎることを心待ちにしている管理人です。

 

とりあえずあったまる?動画を。

 

 

さて本日はこちらのNASAの、有名な写真をごらんください。1980年に撮られたものです。

www.nasa.gov

 

子供の頃、仙台の天文台でこの写真を初めて見たときの感動ときたら、自分が理系の学問にとことん弱いおばかさんであることを一瞬ころっと忘れて、NASAに就職しよう、と思ったほどでした。

今回のモチーフはこれです。

 

久しぶりに短歌のお題で書きました。

わたしが書く薪さんは、ときどきめんどくさいことを拗らせてめんどくさいことをするんですが、今回もそんな薪さんです。ツブさんちの青木のセリフを再度お借りしてます。

 

 

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重力の影

 

 

この頃青木の夢ばかりみる。色があって、匂いも熱も、微かな痛みも感じる。

 

 画面が光って、薪は青木からのコールに応えた。

 「はい」

 「こんばんは」

 「ちょうどよかった。聞きたいことがあったんだ」

 「なんでしょう」

 「おまえの視力、眼鏡をとるといくつだっけ」

 「0.2です」

 「それってどれくらい見えてどれくらい見えないんだ」

 「ええと。かけてれば問題なく見えますよ」

 「暗いところとかでは」

 「あなたのことは全部見えます。近いですし、」

 

「薄暗いところで見ると肌が青白く発光してるみたい」

 

 こいつが僕を凝視するのは目が悪いからだと勝手に思い込んでいた薪は、自分の油断を恥じた。

 「そうじゃなくて。星なんかどうなんだ」

 「矯正視力ならオリオン座はわかります」

 「それは常識であって明るさの問題じゃないだろ」

 「夏の大三角冬の大三角も認識できます」

 「惑星は」

 「金星、火星、木星までですかね」

 「土星の輪は無理だよな?」

 「え」

 青木が一瞬沈黙した。「そんなもの、裸眼で見える人いるんですか」

 「視力7.0あたりの先住民族には見えるらしいぞ」

 「嘘でしょう。ガリレオ衛星だって地上から人間の目じゃ知覚できないんですよ」

 

輪に落ちる球体の影、厚い雲に落ちる薄い輪の影、頬に落ちる青白い睫毛の影。

 

 「半分は想像力で補うんだ」

 「薪さん。聞きたかったことって、もしかしてそれですか」

 「たぶん」

 「どうして」

 「惑星別の重力一覧表を眺めてたら、おまえを思い出して」

 「そもそもなぜそういうことを調べようと思うんです」

 薪は答えず、名誉だと思っておけ、と意味不明な回答をした。

 「ところで何の用だ」

 「用なんかありません」

 「かけてきたのはそっちだろ」

 「用はないですけど、このごろあなたの夢ばかりみるので」

 

この頃青木の夢ばかりみる。夢で会えば微かな痛みも感じる、胸に、目の奥に

 

 「しばらく会ってないからな」

 「会ってないからじゃなくて、会いたいからです」

 「じゃあどうして僕はおまえの夢を見ないんだ」

 「お疲れなんでしょう。見ても覚えてないんですよ」

 薪はそうかな、と呟いて意識をパソコンのモニタに戻し、もはや青木を無視して唐突に電話を切った。

 画面上のNASAの資料には、90年も前にボイジャー1号が土星を振り返って撮影した、人類が初めて外惑星を逆方向から目撃した写真があがっていた。地球軌道の外側にある惑星は、通常は常に太陽光を受けて円形にしかならない。その後多くの探査機が飛ばされ、今では様々なバージョンが知られるようになったこの「欠けた土星」だが、時代をくだった鮮明な画像よりも、飛び去る人工衛星が孤独を忘れて送ってきたイメージに最初に触れた技術者たちの、驚愕と打ち震えるような感動を想像して、これを青木と共有したくなったのだ。そこへ逆にかかってきたため、まさか会いたいと思っていたのを見透かされたのかと動揺して、ついページを繰って出てきた目の前の表を題材に、明後日の方向に話を曲げた。

 

美しいものを見れば、引きずられるように青木のことを考える。あいつの重力に捕まって、戻れないところまで来てしまった。

 

 次の休みもだめだったら、惑星別重力一覧どころか、レシピや取説を読んでいてもあのまなざしを思い出しそうだ。

 切ったばかりの電話が再び目覚めたので、薪は週末の予定を確認するために、名前が表示された画面に触れた。

 

 

惑星別重力一覧眺めつつ「このごろあなたの夢ばかりみる」  穂村弘

 

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