雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「恋する翼」(翌週)

こんばんは。

こちら先日ワクチンを打ちに行ったときに、キャリーから出せと泣き喚いてた斉藤さん(猫)です。

生肉を卒業してカリカリも食べられるようになり、今月中に遠くへトライアルに行くことが決まりました。

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さて、ツブさんと「勝手にコラボ」をすすめさせていただいておりました、「恋する翼」の翌週です。まだしつこく妄想してました。いまさら感満載ですみません。

弊社のいつもの「お互いが好きで仕方ない青薪」とほんの少し違う、「お互いに恋する青薪」をイメージしながら書きました。 ←同じじゃないの??

 

そもそも元の作品である「おこられてもいい」があってこそのおはなしだったので、ツブさんへのオマージュが入ってます。マニアの方はそのへん照らし合わせながらお読みいただくと、別の楽しみ方ができるかと思われます。

 

※ 「まとめて読めるとラク」というお声をいただき、支部にも追記でアップしました。

 

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恋する翼(翌週 - if I were a bird)

 

 

 ダウンライトが消えて部屋の隅のフロアランプが広げる翳の中に、薪は立った。ベッドの端に腰を下ろした青木を、背筋を伸ばして正面から小さな角度で見おろす。強い肩、鎖骨でつながった首筋、胸から腹の筋肉へ視線を落とし、目を上げて腕に指先でさわり、肘から血管をなぞって骨張った甲の、さらにその先へ接触面を移動していく。接点が動くとふたりの境目を痺れる熱が一緒に移動した。震えているのは自分だと思っていた。だが怯えたような、微かに苦しそうな黒い瞳をのぞきこんで、今夜泣きたがっているのは青木のほうだと知った。

 いつもの力強さが手を伸ばしてこないので、湯上りの湿り気を少し吸った上のボタンを自らはずした。薄い木綿の感覚が肩から落ちていき、青木がわずかにのけぞって息を止めたのが音として聞こえた。素足を挟み込んで広げられた膝に落ちたシャツを、どけるふりをして太腿に手を載せた。見つめあったまま掌が動く。青木が何か言おうと幅狭く口を開き、たぶん本当は何も言わなかった。だが薪の耳には、喘ぐように名前を呼ぶ淡い声が聞こえた。

 その先は簡単だった。触れると反射的に手首を掴まれ、その一瞬で既に耐えきれなくなった舌が蠢くのが見えた。どうしてこんなにせつない表情をするんだろう、と思った心のうちの疑問に答えるように、青木がまた薪の名前を呼んだ。腰を抱き寄せられ、熱いと思った指より爪よりも着地した場所が燃えて、次の瞬間に世界が回転した。背中に冷たいシーツが、首筋に歯を立ててきた激しさが、すべての戯れを封じ込めた大きなからだの重みが、薪を奪って包み込んだ。

 いつも脱ぎたがらない上を薪が自分から捨てたので、隠す術がなくなりさらけ出されたからだを調べるように辿りながら、肌が青白く発光してるみたい、と青木が少しまぶしそうに言った。それから不安がる目をした。どうして、とまた思って、抱ききれない広い背中の向こうに、天井に伸びた翼に似たシルエットを見る。唇が正しい位置に重なり、やっと動揺が収まった。先週やはりこんなふうに見下ろしてくるこの男に支えられて、あのとき泣きそうだったのは自分だったことを思い出した。

 何度抱かれてもたりなかった。あの波にずっと溺れていたかった。夜が明けなければいいのにと思った。帰らないでいてほしかった。

 初めてこの大きな手に包まれて以来、なんとか均衡を保っていた足元が、ぐらぐらと揺れて不安定になり、ひどく心許なかった。こいつに恋をしてしまうなんて――ずっと守ってきたのに、長いあいだ大事に大事にしてきたのに、恋をしてしまったなんて。

 夢想を漂う気分から、青木の動きでうつつに引き戻された。思わず声をあげてしがみつくと、飛翔の痕跡のような肩甲骨を爪が掻いた。反実仮想の有名すぎる例文がふと浮かぶ。かわいそうに、あんなことを願った昔の人は、翼がなくて飛んで行けなかったんだな、と思う。

 今ならきっと伝えられる。朝まで全身を滑り続ける唇、緩まない腕の力、そしてなにひとつ見逃してくれない真っ直ぐな視線。今夜みたいな夜ならば、お互いを感じることの意味がわかる。僕たちは一緒に恋をして、ふたりの翼で背中を包み合う。そんなふうにこの闇の奥で、今夜はふたりで深く眠り合う。

 

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