雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「恋愛心理学」

こんばんは。

今日は我が家の、チーム室長さんズとは違うおとな猫で自傷癖のあるひとがいて(いろいろいるんです、うう)、傷がひどくなったので病院へ行ってきました。傷が広がるからひっかかないで、って言ったってなー、かわいそうに……。

 

せめてなごむ写真を。今井(猫)の猫鍋。

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学生すずまき妄想中です。

2045年7月、東大教養学部1年生の鈴薪。前期末のレポートを書いています。

※ 鈴木さんをフッた元カノは「フレミングの法則」に出てくる人です。鈴薪のあいだに女は許せん、という方がいらしたら、警告忘れててすみません……

もうちょっと軽く仕上げたかったのですが、書き始めた当初の意図とは違うところに落ち着いてしまいました。読み返しても、なんかうるさい。でももう直すのヤダ。 ←また! それを人に読ませるのはいいのか

例によって色気ゼロです。でもひたすら仲良しです。これ……鈴木さんがちょっとドキドキしてるおはなしなんですが、そう読めないですよね……。

 

次回はもう少し色っぽいもの出します。

 

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恋愛心理学

 

 「心理学概論」は、タイトルに偽りなし、といったタイプの教養科目だった。13回の講義中、フロイトあたりから始まって、行動主義心理学発達心理学教育心理学社会心理学などのもはや古典的な基礎心理学を1回ごとに概観し、異文化間心理学や臨床心理学といった応用も同様にこなし、終盤では経済や神経疾患や生理機能との関連性をみる。毎週課題図書が3冊指示され、それを読みかつまとめた状態を前提として講義が始まる。終了後は分野ごとにレポートが出るので、図表を除いて5枚程度の量をほぼ毎回、10本以上書くことになる。教養学部の基礎科目としてはありがちな構成であって、四苦八苦するほど困難ではなかったが、なにぶん量が多かった。教員ひとりひとりが自分の担当科目に同じような措置を施すため、1年生の前期では専門の「難しい」学問に触れることはあまりないにしても、少ない学生でもこれが10コマ程度ある。入門書とはいえ専門の教科書を、1日1冊は読まなければついていけない。

 「それもこれも読んだことある」

 「いつ」

 「小学校のとき。4年生かな」

 「それで、内容を覚えてるのか」

 「覚えてなかったら読んだことあるなんて言わない」

 おまえはそうだよな、と鈴木は口の中で呟いた。

 ふたりは学期末の最終レポートに取り掛かるところだった。講義の中で提示された項目と、提示されなかった項目をひとつずつ取り上げて、その関わりを論じる、というのが課題だった。図書館の中には、本を広げながら声を出して議論できる談話スペースが広くとってあり、学生たちで騒々しい。

 「で、何にするんだ」

 「実験心理学の倫理と人権の相反性」

 鈴木があげた人権分野は、今回の概論で扱わなかったほうの項目だった。

 「ありがちすぎる」

 「そこにテキストマイニングの手法を仕込んで、それぞれに言及した論文の数と用語の変遷をみる」

 「そんなデータ、どこから持ってくるんだ」

 「AIに検索させれば論文はすぐ集まるし、文2の知り合いに頼んで経済の院生につなげてもらったら、面白がってプログラム書いてくれるって」

 「ふーん」

 薪がやっと興味を持ったようにMacBookから顔をあげる。

 「おまえこそどうすんだよ」

 「脳の認知機能が乱れたときの、その混乱と修復をカオス理論で説明する」

 「どのへんが心理学なんだ」

 「認知はバリバリだ」

 「おまえが言うと全部生命科学にしか聞こえない」

 「そこだよ。理解を阻害されただろ」

 「……今のが「乱れ」か」

 鈴木も食いついてきた。「よし。一個説明してほしいことがある」

 「なに」

 「このあいだアイツにフラれたときに」

 「「アタシより薪くんと一緒のほうが楽しいんでしょ」って言ったあの子だな」

 「そこは思い出させるな」

 鈴木が止める。薪と話しているとすぐに微妙に軌道がずれるので、本題を見失いがちになるのだ。

 「さよなら、って言われた瞬間に、彼女がなんていうか、突然知らない人に見えてさ」

 「……ふうん」

 「視覚的に、実際に。見慣れてた顔が認識できなくなったっていうか」

 「つまりおまえは彼女を、視覚だけで把握してたんじゃないんだよ」

 「あ。そういうことか」

 鈴木の疑問は薪の一文であっという間に解決した。「あのツンとした顔が好きだと思ってたのに」

 「違ったらしいな」

 「心理学がこんなところで本当に役立つとは思わなかった」

 「いまの、心理学か? ただの恋愛相談じゃないか」

 「で、どのへんがカオスと関わるんだ」

 「彼女の苦情を初期値とすると、「薪くん」が「笹本くん」だったら、おまえどうした?」

 「否定した」

 「彼女の表情が、甘えて媚びるみたいだったら」

 「笑ってキスした」

 「ほんとは他に女がいるんでしょ、って言われたら」

 「言わねーよそんなこと」

 「思考実験だから」

 「……ちょっとめんどくさい」

 「だろ。別れなくても、たぶん何か変わる」

 「まとまったな」

 鈴木は感心した。「初期値の微妙な違いが拡大するってことがちゃんと言えてる」

 「あとは阻害要因が何なのかを説明できればいい」

 それはおまえだしもうできてる、と鈴木は思ったが言わなかった。先行きが予測不能なのがカオス理論の本質だ。準備できてなかったから、彼女に薪の名前を出されて思考停止したんだ。

 「事例として使ってもいいけど、俺の名前はアルファベットにしろよ」

 「仮名にするよ。おまえはそれを人権の例に入れとけ」

 学期末の学生たちは忙しい。ふたりはテーマが決まったそれぞれのレポートに取り掛かった。

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