雑種のひみつの『秘密』

清水玲子先生の『秘密』について、思いの丈を吐露します。

SS「ラブコール」

こんばんはーなんか春です。先週木曜日の大雪、土曜日の吹雪が異世界のようにあったかい今日(水曜日)でした。

あまりの暖かさに、先日書いた雪見温泉の話は次の吹雪まで寝かせます。来年? でもどなたかが浴衣の薪さんを描いてくださるのは変わらず期待してます

庭の明るさ、ワンコの浮かれっぷりも尋常じゃありません。うちワンコもいるんですよ。

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昨日、実生活の話の流れで余計なこと考えて青木をずいぶんディスってしまった、とちょっと反省しました。青木ゴメン。複雑な(薪さんへの)愛情だと思って許して。

 

勢いで、短いの2本仕上げました。ちょっと能天気な青木を反省させるおはなしと、逆に甘やかすおはなし。

今日は甘やかしたいほうの気分なのでそっちを出します。微妙にバカップルなほのぼの青薪です。

最後に書いてあるよくわからないものは相変わらず短歌です、お題だと思ってください。

 

→3/23 言語の都合により出張先をローザンヌ からデン・ハーグに変更しました。

 

 

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ラブコール

 

 「青木です」

 「――」

 電話の向こうの人物は何も喋らない。

 「もしもし? 薪さん?」

 「悪い。時差を忘れてた」

 青木の声の調子で気づいたのだろう。「ちょっと考え事に没入しすぎて」

 枕元の眼鏡をかけて時計を見る。午前4時12分。デン・ハーグは夜の8時だ。

 「何かあったんですか」

 青木の口調に緊張が走った。薪さんが、時差を忘れて電話をかけてくるほど考え込む? すぐに通話を録音し始める。起き上がってベッドサイドの引き出しから予備のスマホを取り出す。

 「警備局にかけるなよ」

 いつもどおりの冷静な声音が、まるでそのようすを見ていたかのように止めた。「岡部にも」

 「何かの暗号だったら「わかった」って言ってください」

 「そうじゃない」

 「誘拐とかもされてませんか」

 「されてないし、仮にされてたとして、おまえにかけると思うのか」

 「――そうですね」

 そこは認めざるをえなかった。

 「録音も切れ」

 「切りました」

 指が震えていることは黙っていた。「どうしたんですか」

 「手で林檎を搾るプロレスラーって誰だ」

 「     」

 「手で林檎を」

 「聞こえてます」

 聞き間違いでないらしいとわかってますます混乱した。「薪さん」

 「なんだ」

 「出張先から国際電話で何を聞こうとしてるんですか」

 「クロスワードパズルの最後のひとつが解けないんだ」

 「     」

 「クロスワードパズルの」

 「聞こえてます」

 青木はだいぶ目が冴えてきた。「キーを読み上げてください」

 「疑ってるのか」

 「はい」

 薪がオランダ語でキーを読み上げた。そりゃそうだ、と青木は嘆息した。

 「わかりません」

 「さっさと答えだけ教えろ」

 「ジョナサン・フォン・エリックです。フリッツ・フォン・エリックのひ孫の」

 「Von Erichか」

 「そうです」

 「8文字、合ってる」

 薪は満足したようだった。「おまえなんでそんなこと知ってるんだ」

 「たまたまですけど、でも知ってることを期待して電話したんじゃないんですか」

 「いや」

 じゃあなんで、と言いかけてやめた。

 「曽祖父はアイアン・クローで有名だった人物ですよ」

 「それは解けたからいい、プロレスそのものに興味はない」

 そりゃそうだ、とこの数分で何度目かの脱力を感じる。

 「ずいぶん早い時間に退屈なさってるんですね」

 「会議は今日が最終日だったし、重い食事にこれ以上付き合いきれなかった」

 新聞をガサガサとたたむ音がした。「おまえみたいにでかいのばっかりいるし」

 「すみません」

 青木はなんとなく謝った。

 「どうせならおまえのほうがマシだった」

 「そりゃそうですよね……」

 「街は美しいぞ。国会で挨拶させられたけど、「騎士の館」は13世紀の建物で」

 「ご一緒したかったです」

 「おまえがいたらもっと楽しめただろうな」

 青木はそれを最大限の賛辞と受け取った。

 「M・D・I・Pの次の国際会議はおまえも来い」

 「喜んで」

 「予算編成時に同伴者のぶんも入れておく」

 「いいですね」

 「本気にしてないな」

 薪が少しむっとしたようだった。「各国代表はもれなくツレがいた」

 「なんですかそれ」

 「妻、夫、愛人」

 「……たぶん私費ですよ」

 俺は何のカテゴリーなんだろうか、ワンコかな、と青木は考えた。

 「明日帰る」

 「はい」

 「日本に着くのは――28時間後だな」

 「チューリッヒ経由でしたよね」

 「乗り継いで15時間もかかる」

 「成田までお迎えにあがります」

 「嘘つけ」

 「ほんとです」

 「じゃあ、28時間後には会える」

 薪はなんでもないスケジュールを確認するかのような口調で言った。「おやすみ。起こして悪かった」

 「いいえ。おやすみなさい」

 青木は通話を切ってスマホを置いた。大きく息をつく。手の震えはもうおさまっていた。

 驚いたな――薪さんがあんなに酔うなんて。食事が重いって言ってたから、何も食べずにずいぶん飲んだんだろう。あのぶんでは28時間後に会ったら、おまえなんでここにいるんだ、って怒られるかもしれない。

 それでもいいか、と青木は思った。いつものことだから。

 アルコールの流れでも、薪が退屈しのぎに電話しようと自分を相手に選んでくれたのが嬉しかった。それに青木もひとつ嘘をついた。予算編成の言質を取った、録音は切らなかったのだ。カードとして実際に使ったら、スマホを破壊されるだろう。だが薪が、自分で気前よくしゃべった言葉のうちいったいどの部分でいちばん蒼くなるか、想像するだけでとうぶん楽しめる。

 愛してますよ、と青木は心の中で呟いた。それからやっと朝方の眠りに戻った。

 

「眠 っ て た? ゴ メ ン ネ あ の さ 手 で 林 檎 搾 る プ ロ レ ス ラ ー 誰 だ っ け?」 ほ村Hiろし

 

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