今日は若者に付き合って久々に遅くまで職場に残り、やっとの思いで帰宅したらば。
放牧場を脱走した今井猫が、玄関まで迎えに来てくれました。
「おかえり。ハラヘッタ」
り、立派になって(感涙)
でもちゃんと離乳してウンコのキレがよくなるまで、もうちょっとおとなしくしててね……
さて本日の本題は、しつこく「大好きな薪を守ってあげたい」仲良し鈴薪シリーズです。 今度はBON子さんからコピーの使用許可いただきました
またバークレーのおはなしです。鈴薪いまだに連休中です。学生は気楽でいいわね…… 短歌付き。
前後のおはなしと違う意味でわけわかんない感じになったので、あまり短くないですが今回もこちらに貼り付けます。
書いた順番とおはなしの時系列が違うため、通しで読むと少しヘンです(直す気は無い)。個別に見ていただけると幸いです。
以下、自分で混乱をおさめるためにまとめを作ったので(←こういうのがないと自分で錯乱する人)貼っておきます。
時系列のおはなしのまとめ:
1 琥珀色の春休み(20190412)
2 不規則な真実(20190511、本作)
3 PALE BLUE DOT(20190430)
上記3つに関わるできごとのまとめ:
2045年 1年生
夏休み すずまきコロンビア大学へ行く(1、2)
すずまきダイビングをする(2)
2046年 2年生
0412 東大入学式 薪さん特別講義をする(1)
0428 すずまきバークレーへ行く(2、3)
0429
0430 集中講義1日目 薪さん風呂で倒れる(2)
0501 集中講義2日目
0502 集中講義3日目
すずまき人魚の話をする(2)
鈴木さん『惑星へ』を読む(3)
0503 すずまきモントレー湾でラッコを見る(3)
今回タイトルがなかなか決まらなくて、イメージを脳内サーチしていたときに思い浮かんだのが、80年代の名盤Mr.Mister『Welcome to the Real World』の中の一曲「TANGENT TEARS」。アルバム内の大ヒット曲「Kyrie」なら知ってる方もいらっしゃるはず。
久しぶりに歌詞を読んだらすごく合ってた。曲のタイトルの意味は「ぎりぎりこぼれずそこに踏みとどまっている涙」です。それでもいいと思ったんですがあんまり英語のタイトルとかつけたくなくて、歌詞の一部を訳して本作のタイトルとしました。
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不規則な真実
鈴木は薪のようすを気にしていた。
宿代わりに借りた屋敷は薪の知人であるバークレーの教授のもので、ホストたちは特別講義が終わる日まで戻らない。だがいっそ食堂付きの学生寮でも借りたほうがよかったんじゃないかと思ったのは、自宅生の鈴木には料理の類があまり得意科目でなく、勢い外食ばかりになったからだ。薪が何も言わないのは、言えば鈴木がなんとかしようとするのをわかっているからで、それを鈴木もわかっていた。わからないのは、なぜいまさらそんなことで気を遣うのか、だった。
気にしていたのはどんどん細くなる食だけではない。鈴木の時差ボケもあって夜は薪を寝室に呼び、講義の準備をそこでさせて目を光らせていた。机に資料が収まり切らず、ソファに移動し、ベッドの端に移動し、挙句床にまで2台目のMacと3枚目のiPadを並べているのを眺めれば、追加のスライドは200枚だけだとかほとんど準備が終わったとかいうのは明らかに嘘だった。薪に何か手抜かりがあったとは信じられないから、去年のコロンビア大学での講義と同じ、という出だしの部分が本当でないに違いなかった。今回は内容の専門性が高いのもあったらしいが、意図的に鈴木の手を借りる頻度を下げているのが見て取れた。
わからないのは、なぜいまさらそんなことで気を遣うのか、だった。去年も今年も有無を言わさず連れ回して、悪びれもしていない。どうせいつも一緒なのに、と図々しく当たり前の顔をしているくせに――いや、実はわかっていた。5月が近づいているからだ。薪が両親を亡くし、澤村と訣別し、まだ友人ですらなかった鈴木まで失いかけた5月に心を晒され、カリフォルニアの乾いた風に肌を焼かれているからだ。だがあれからこの1年間、ずっと一緒にいられるって言っただろ、と自分を振り回してきたように、飄々とした自然体のわがままがなりを潜めているのが、鈴木にはさびしかった。
初日の講義が終わった日、からだのこりがひどい、と早めに街から引き上げて、まだ陽の高いうちに薪は浴室に入った。いつまでもあがらないのでようすを見に行くと、湯船のふちに上半身をもたせかけたまま寝落ちしていた。湯こそぬるかったが引きずり出せば脱水気味で、半ば朦朧とした意識の中で薪は海藻の林を縫って泳ぐ人魚の話をした。
「嫌いだって言ってたの、誰だった」
「あ?」
「恋のためにひとつの文化を否定したから」
「しっかりしろ、バカ」
去年の夏の終わりにダイビングに連れ出したとき、窒素酔い状態になって同じような症状を示す薪を見ていた。ふたりで行った初めての海で一緒に少々はしゃいでしまい、潜る途中で鈴木は、薪が自分の3分の2しか体重がないのをうっかり忘れていた。水中トランシーバーから突然ラテン語が聞こえてきたので驚いて引き上げたが、それに比べたらおそらく何かの文学の話だろう、今はまだマシなほうだと、焦る自分に言い聞かせる。頭からシャワーで水をかけてついでに無理矢理飲ませ、薪が3分後にかなり明瞭に意識をはっきりさせたときには、鈴木は服を着たまま完全にずぶ濡れになっていた。薪が素っ裸で水の冷たさに震え出したので、慌てて乾いたバスタオルでぐるぐる巻きにしてベッドまで運んだ。おかげで鈴木は自分も寒さ以外の理由で指先から唇まで震えていたことを悟られずにすんだ。
だが結果的にはこの事件が奏功した。こんな状態でおまえを講義になんか行かせられない、と鈴木が強硬に主張したためついに薪も折れて、その夜のうちに、大学を通じてシティクラブ・ホテルからシェフとマッサージ師を派遣してもらった。ひとりで湯船にはつからないと約束もさせた。講義の準備だけは省略できないため、院生を2人雇わせた。スカイプで指示を出して資料を作らせて、薪も外が白み始める前に寝につくことができた。
3日間の講義が終わって帰宅したあと、鈴木もやっとぴりぴりした薪の見張り番から解放された気がして、人魚について聞いてみた。薪は少し考えて、よく覚えてないけどたぶん短歌じゃないか、と教えてくれた。
「でも人魚が恋のために人魚であることを否定するって、しかたないだろ」
前夜までに散らばした資料を片付けながら、考察の続きみたいに言う。「性行為のしようがない」
「……まあな」
誰も思ってても言わないのに、と薪のあまりの平静さと相変わらずの語彙選択に辟易しながら、一応同意する。「だけどもったいないよな、人魚は結局王子とやってないんだぞ」
「そういわれればそうだな」
薪が真剣に思案し出したので、鈴木はくだらない議論を喚起した自分を呪った。
「もういいよ」
「よくない」
「なんで」
「脱水状態になったくらいで自分の意識がコントロールできないなんて」
おまえ普段でもけっこう自分を制御できてないよ、とまた新たな火種になりそうなことには口をつぐんだ。
「その歌人、恋に文化を否定する価値があるってわかってないんだよ」
「……そうだな」
自分が出した議題で薪が鈴木に簡単に同意するのは珍しい。顔をあげると、ここしばらく緊張が続いていた薪の内部のなにかが緩んだのが見えた。
「どうした」
「おまえと僕が、友人でよかった、と思ってた」
薪がそのまっすぐな目で鈴木を見る。「何も否定しないでいられる」
ふっと笑った表情が微かにさびしげだったのは、たぶん疲れていたせいではない。5月は危うい季節だった。いつか何かのきっかけで、去年そうなりかけたように、鈴木を失う、そんな予感に怯えてそれを打ち消そうと抵抗している。鈴木には薪の考えていることがわかりすぎて辛かった。薪が俺を失う、そんな予感が自分の側にもくすぶっていて、否定できないのが苦しかった。
鈴木もそろそろ気付き始めていた。薪は特別だ。本人の意図とは無関係に、運命の側が彼に普通でいることを許さない。黙ってそばにいるだけで巻き込まれる。関われば何かが変わる。
「出逢わないほうがよかったのか」
「おまえと僕が?」
「人魚と王子だよ」
「いや」
薪は即座に返答した。「人生であんなに確信のあることってそうそう持てない」
まるで人魚になった経験がある物言いだった。
「だったら誰に嫌われても構わないだろ」
「うん、まあ、たちの悪い酔っ払いみたいなもんだったと思って許せ」
「人魚が?」
「僕だよ」
あんなに手間かけさせたくせに、俺たちはいったい何の話をしてるんだ、と鈴木は呆れ返った。
「次からはせめてもうちょっとわかりやすい例にしてくれ」
「わかりやすい例って」
「眠り姫とか。簡単に目覚める単純なやつ」
「僕だって言いたいんだろ」
「おまえもたいがいしつこいな。呪いは解いてやったんだからもういいだろ」
それからやっとふたりで笑った。
そんな風に笑うのなら、深夜料金くらいいくらでも払う。ずっと一緒にいられる、そう言ったのは嘘じゃない。まさかNYやカリフォルニアの大学でアシスタントまでやらされるとは、さすがに予想外だったけれど、でも俺には少しくらい迷惑かけてもいいし、それが「あたまりまえ」でもいい。あの日おまえが俺を見つけて、初見で観察して推理して分析して、そして泣いた。殺されかけた俺をおまえが見つけて、薄緑色の泡になって消えそうだったのを引き上げてくれた。
だからいいんだ薪、いつか俺たちがなにかに引き離される日が来ても、悲しまなくていい。おまえを目覚めさせるのは簡単じゃなかったけれど、でもあんなに確信のあったこともなかった。だから悲しまなくていい。おまえが俺を失うことがあっても、おまえはきっと俺を忘れない。それなら俺がおまえを失う日は来ない。だから俺は悲しまない。
深夜料金、えらく高くつくな、と鈴木は薪の笑顔にみとれるように吸い込まれながら思った。いつのまにかこの瞳から逃れられない。だから俺がおまえを失う日は来ない。おまえは俺には、けして失われることはない。
泡となったあのこが嫌い恋のためにひとつの文化を否定したから 兵庫ユカ
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